神泉苑と日本唯一の回転式恵方社20180119

神泉苑日本唯一の回転式恵方社20180119



平安京時代この「神泉苑」は禁裏(庭園:神苑)の一部だったところです。
ここは疫病や災厄に悩まされ、これを鎮める ためこの神泉苑や、御霊社、祗園社(八坂神社)など各地で盛んに御霊会(ごりょうえ)が営まれたところの一つであり、今でも八坂神社とのつながりは強い。
この神泉苑には珍しい、回転式になっている恵方社がある。日本で唯一の恵方社ということらしい。
この恵方社は毎年方位を拝む方向に回転させています。今年の方位は『南南東』ということです。


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この項 <完>





# by mo-taku3 | 2018-01-19 15:23 | 紹介記事 | Comments(2)

京都駅の夜の景観20180116

京都駅の「夜の景観20180116



夜の京都駅はネオンがいっぱい。
普段見られない景観がかもしだされていました。
最近造られた『平安京羅城門』の縮尺版の模型も徐々に足を止めてみる人が増え、知名度が上がってきたようです。
木々のところどころではネオンがちりばめていました。
この日は残念ながら京都タワーにいつものライトアップがされていませんでした。

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この項 <完>






# by mo-taku3 | 2018-01-16 20:20 | 歴史散歩 | Comments(2)

ひっそりとたたずむ『京都朝日神明宮』20180114

ひっそりと元大社『京都朝日神明宮』20180114



小さなお宮があった。
駒札を読んでみると、元は大きなお宮であったらしい。
京都は戦乱や大火などで焼失した寺社が多残念なことである。
【駒札】
「社伝によれば、貞観年間(858~876)に丹波国桑田郡穴生村(現在の亀岡市)に造営され、元亀3年(1572)に現在地に遷座されたといわれている。

天照大神を祭神とし、かつては、南北は五条通から松原通(約400m)、東西は河原町通から富小路通(約300m)に至る広大な社域を有し、「幸神(さいのかみ)の森」と呼ばれた。

末社として、竈(かまど)神社、稲荷(いなり)社、祓川(はらいかわ)社、恒情(こうじょう)神社、人丸(ひとまろ)社、飛梅(とびうめ)天神、八幡春日(はちまんかすが)社、猿田彦(さるたひこ)社の八社があったが、天明の大火(1788年)及び元治の兵火(1864年)によってその大半が焼失し、現在は猿田彦社(幸神社)ただ一社だけが残り、神石二個を安置するのみである。

江戸中期以降、明治維新まで増穂(ますほ)氏が代々神主を務め、中でも増穂残口(ざんこう)(1655~1742)は京の町々での通俗的神道講釈を試みたことで知られている。
なお、当社の大祭は9月16日である。下京区麩屋町五条上る鱗形町」


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この項 <完>





# by mo-taku3 | 2018-01-14 15:42 | 歴史散歩 | Comments(2)

新成人の記憶に残る『三十三間堂の通し矢』20180114

新成人の記憶に残る『三十三間堂の通し矢』20180114




京都の有名な観光寺院三十三間堂(正式は、蓮華王院)で行われる通し矢を見学してきた。

参加者は全国から、2000人と言われる大規模な行事である。

この通し矢の起源については諸説あるが、保元の乱の頃(1156年頃)に熊野の蕪坂源太という者が三十三間堂の軒下(約120m)を根矢(実戦用の矢)で射通したのに始まるともいわれるが、伝説の域を出ないようだ。

実際には天正年間頃から流行したとされる。通し矢の記録を記した『年代矢数帳』(慶安4年〈1651年〉序刊)に明確な記録が残るのは慶長11年(1606年)の朝岡平兵衛が最初である。以後射通した矢数を競うようになり、新記録達成者は天下一を称した。

明治以降、通し矢はほとんど行われなくなった。

現在は1月中旬の成人式に、新成人主体に京都三十三間堂で「大的全国大会」が開催されている。

距離は60mの遠的競技の形式であり、通し矢とは異なり、新成人は直径1m、称号者は79cmである。決勝はそれぞれ、79cm、50cmとなって競っている。

とにかく凄い熱気であった。

また当日は三十三間堂の拝観は無料になっている。



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この項 <完>





# by mo-taku3 | 2018-01-14 13:02 | 京都風情 | Comments(2)

お正月夜の『八坂神社』20180112

お正月・夜の『八坂神社』20180112



この八坂神社の近くに新年会の場所があり、時間が少し空いたので寄ってみました。夜もなかなか風情があっていいですね。
5時半頃でしたが
急に人が引いて静かになるようです。
この時間は丁度、芸・舞妓さんのご出勤ということもあり、観光客の皆さんは、置屋さんやお茶屋さんが集まっているところ(花見小路)に出没する芸・舞妓を見に集まります。

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この項 <完>






# by mo-taku3 | 2018-01-12 17:45 | 京都風情 | Comments(2)