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清水道「参寧坂・二寧坂・一念坂」20191209

清水道「参寧坂・二寧坂・一念坂」20191209



清水道「参寧坂・二寧坂・一念坂」はその名の通り「清水寺」への道である。参道というのは元々は松原通だったのではと思うが、豊臣秀吉の京都の街の区画を改造した結果よくわからなくなっている。だからというわけではないが、清水道は幾つかある。この
一念坂→二寧坂→参寧坂がメインストリートのようだ。
この通りの両サイドはびっしりお店が連なっている。


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この項 <完>





# by mo-taku3 | 2019-12-09 11:30 | (風情)京都・関西 | Comments(0)

京都散策「八坂通と八坂庚申堂」20191209

京都散策「八坂通と八坂庚申堂」20191209



京都の東山大路八坂道から、八坂の塔への緩やかな坂道の両側に素敵なお店がびっしり連なっている。5年ほど前とは様変わりがびっくりするほど進んでいる。
それではそれらのお店を、日本最古と云われている「八坂庚申堂」の賑やかさとともに紹介しよう。

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この項 <完>






# by mo-taku3 | 2019-12-09 11:15 | (風情)京都・関西 | Comments(0)

京都散策「八坂の塔」20191209

京都散策「八坂の塔」20191209



京都のシンボルにふさわしい五重の塔です。

以前にこの塔の二回まで上ることができたが、壁画が素晴らしく印象的だった。
逸話として、ねねさんは大坂夏の陣のおり大阪城の炎上を見て悲しんだそうです。

今回は「八坂の五重塔」をいくつかの角度から撮ってみた。

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この項 <完>





# by mo-taku3 | 2019-12-09 11:00 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(0)

京都散策「六道珍皇寺と小野篁」20191209

京都散策「六道珍皇寺と小野篁(たかむら)20191209



京都松原通にある「六道珍皇寺」は、冥界とのつなぎを「小野篁(たかむら)」を通して行うことができるお寺として有名である。
この辺りは六道の辻といい、平安時代の京都では亡くなった方は洛外へ運び、野ざらしにして風葬(遺体を風にさらし風化を待つ)を行っていた。仏教の影響で身分の高い人物は火葬を行っていたが火葬には木材が必要であり庶民は最も経済的で楽な風葬が一般的であった。その風葬の地として有名だったのが東山の鳥部野、嵐山の北にある化野(あだしの)、船岡山の北西一帯の蓮台野(紫野)という地区である。

五条通の西の突き当りに大谷本廟など大きな墓地があるが、その墓地一体は平安時代は鳥辺野(とりべの)と呼ばれる、風葬地であった。「鳥」という字がついているのは鳥葬の地、「野」というの野原、場所を意味していた。
“六道の辻”は、西福寺の門前から六道珍皇寺の門前迄とされていたようで、昔、お棺が、鳥辺野へ向かって、松原通から清水道へと運ばれていったその途中の辻である。野辺の送りの行列がここで解散したようだ。

さて、六道珍皇寺であるが、ここに祀られている小野篁は大和朝廷の役人でもある、冥界の役人でもあったと言われている。そのため現世と冥界を行き来したという井戸がこのお寺の庭園の一隅に存在している。
このお寺は「迎え鐘」がありお盆の初めにお参りする人が多い。


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この項 <完>





# by mo-taku3 | 2019-12-09 10:40 | (紹介記事)京都 | Comments(0)

京都散策「六道の辻と西福寺」20191209

京都散策「六道の辻と西福寺」20191209



松原通に「六道の辻」というのがあり、ここは鳥野辺の入口にあたり、あの世とこの世の境と云われており、その六道の辻の石標のところにあるのが西福寺である。
その西福寺は、正式には桂光山敬信院といい、京都府京都市東山区轆轤町にある浄土宗の仏教寺院で、本尊は阿弥陀如来坐像である。境内に鎮座する子育地蔵は子供の健康や病平癒に効くとされている。
西福寺はお堂の天井画は素晴らしい。
また西福寺の向かいには有名な”幽霊子育飴“の店がある。

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この項 <完>





# by mo-taku3 | 2019-12-09 10:20 | (紹介記事)京都 | Comments(0)