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毎年楽しみな、「木屋町通り」の桜便り

毎年楽しみな、「木屋町通り」の桜便り



木屋町通(きやまちどおり)は、京都市の南北の通りの一つ。 北は二条通から南は七条通まで。先斗町の西にあり、高瀬川の東側に沿っている。
慶長年間の角倉了以の高瀬川開削に伴って整備された。 開通当時は、「樵木町」(こりきまち)と呼ばれていたが、高瀬舟が運んでくる材木の倉庫が立ち並ぶようになったため、いつしか「木屋町」という名称に変わったという。木屋町周辺に残されている紙屋町、鍋屋町、米屋町などの地名は、当時の賑わいを彷彿させる。

ここは五条通りから見たところだが、「コミュニティ道」問い名称がついている。
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その横には、大田垣連月の詩が掲げられている。

蓮月は、若き日の富岡鉄斎を侍童として暮らし、鉄斎の人格形成に大きな影響を与えた人である。
京都でたびたび起った飢饉のときには、私財をなげうって寄付し、また自費で鴨川に丸太町橋も架けるなど、慈善活動に勤しんだ。
住居としていた西賀茂村神光院の茶所で、明治8年12月10日、85歳で没したが、別れを惜しんだ西賀茂村の住人が総出で弔いをしたという。
このように京都に深いかかわりがあり、この木屋町の桜を見に度々訪れた様子がうかがえる。
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木屋町通りは、高瀬川(運河)の開削時に整備され、桜並木も作られたようだ。
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雪柳が真っ盛りだった
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桜並木には、高瀬川の川中にライトアップがされるようにライトが設置され、夜は川中からの光がきれいに照らされている。
また、道路沿いにぼんぼりが彩を沿えている。
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ところどころに配置植えられた柳が、桜の花とは対照的な緑が桜の花を際立たしている。
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五条どおりに沿った木屋町通りの入り口には憩いの場所が設けられている。
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木屋町は、江戸時代中頃にはこの通りを往来する旅人や商人を目当てに、料理屋や旅籠、酒屋などが店を構えるようになり、酒楼娯楽の場へと姿を変えた。三条通のあたりは、幕末には勤皇志士が密会に利用したため、坂本龍馬や桂小五郎らの潜居跡や事跡の碑が繁華街のあちこちに立っており、大村益次郎や本間精一郎、佐久間象山などが殉難している。

1895年には二条~五条間に京都電気鉄道(のちに買収され京都市電木屋町線)の路面電車が開通した。1920年代に河原町通が拡幅されたことにより、市電のルートは河原町線に移った。




この項 <完>

by mo-taku3 | 2012-04-13 15:42 | Comments(2)

Commented by toshi at 2012-04-18 07:36 x
少し覗かないうちに沢山掲載されていてビックリです 
木屋町も美しい街ですね 春の桜のシーズンには一度も訪れたことが有りません 雪柳も初めて拝見しました ちょっとした花巡りを愉しませていただきました 有難うございます
Commented by mo-taku3 at 2012-04-19 00:01
木屋町は、多分ご存知と思いますが、御池通り下がる当たりに、長州藩邸などがあり、四条通までの間は幕末の志士たちの活躍の場だったようです。また暗殺など明治に入っても生臭い場所でもあったようです。
また、高瀬川の建設当時にもその後の海運にも大いに賑わったようです。