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西国33ヶ寺第7番【岡寺】へ。

西国33ヶ寺第7番【岡寺】へ。



急勾配の坂を上がると龍蓋寺の「仁王門」(左の写真)に着く。写真でもわかるように、仁王門の前には寺名を彫った石標が立てられているが、これには『龍蓋寺』という正式名ではなく、通称名の『岡寺』の文字 が刻まれている。

創建は天智天皇2年(663)に義淵僧正が岡宮の跡地に寺を建立したのがはじまりと伝えられている。
義淵僧正は日本の法相宗の祖といわれているが、その出生は謎のようである。
寺伝によると子供に恵まれない夫婦が祈願した末に、家の柴垣の上に白い布にくるまれて置かれていた赤子が義淵僧正だったという。観音菩薩の授かりものと大事に育てられ、それを聞いた天智天皇が引き取り、ここ岡の宮で養育され、後に義淵僧正は岡宮を譲り受けている。
(岡宮、岡本宮は現在でも特定されていないが、このような言い伝えがあるようだ。)

また、龍蓋寺(りゅうがいじ)の名前の由来になった伝説も残っている。
大雨や強風を巻き起こし村民を苦しめていた龍を、義淵僧正がその法力をもって池に封じ込め、そこに大きな石で蓋をしたという。その時の池が本堂前にある龍蓋池である。

「仁王門」は華麗な桃山様式の建築で、重要文化財に指定されている。

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ここには日本初の厄除け観音が祀られている。
本堂、内陣には本尊の如意輪観音菩薩が安置されており古くから厄除け観音として信仰を集めてきた。奈良時代の作で、高さ4.6mの塑像は日本最大の土佛である。もとは彩色がしてあったというが、今はほとんどが剥落してしまいわずかに唇に朱が残っている。重文に指定されており、弘法大師がインド、中国、日本と三国の土を合わせて造ったという壮大な寺伝がある。

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境内本堂へ続く坂道の入口には、樹齢500年以上といわれる皐月の木がある。
年季が入ったすばらしい木である。

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坂を上りきると。左手に本堂、右手に鐘楼がある。

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鐘楼は誰でも鐘を突くことができる。
わたしもご相伴にあずかった。

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本堂のご本尊は「如意輪観世音菩薩」で初の厄除け観音とのことである。

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境内は結構広い。右手奥には五重塔が見えるが、雨模様だったので手抜きをした。

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帰り際、あらためて仁王門の仁王像を眺めてみたがなかなか立派だった。

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「稲荷社」から南側に向かって少し石段を上がったところに「奥之院石窟」がある。
奥之院といえばそれなりの大きさを持った堂宇が普通であるが、この奥之院は山の斜面に掘られた石窟である。見た目には奥之院のイメージから程遠い。


このブログは公開し忘れたものです。





この項 <完>

by mo-taku3 | 2012-07-03 20:16 | (巡礼)西国三十三ヵ所 | Comments(0)