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壇王法林寺1103

壇王法林寺1103



壇王法林寺は720年ほど前の文永9年(1272)に、望西楼了慧(ぼうせいろうりょうえ)上人により「悟真寺」として創建。
その後一時、応仁の乱などで廃寺となったが、慶長16年(1611)、袋中上人が「檀王法林寺」として復興、その弟子である團王(だんのう)上人により基礎がきずかれ、更に念佛信仰の充実発展に努めた。
詳しい寺名は「朝陽山栴檀王院無上法林寺」というが、地元では親しみをこめて「だんのうさん」と呼ばれているようだ。
了慧上人を「派祖」というのは、三祖良忠上人の門下から分かれた六派の一つである「三条派」の祖であることを指している。
その教えは法然上人の教えを忠実に守るもので、特にその書、『漢語燈録(かんごとうろく)』『和語(わご)燈録』は、法然上人のお言葉を集めたもので、貴重な史料となっている。
一方、袋中上人は諸国を巡り念仏の教えを極め、後に中国に渡ろうとしたが叶わずに琉球(沖縄)へたどり着き、そこに浄土宗を伝えている。
そして帰国後、京都に上り念仏道場としたのが檀王法林寺であった。境内奥には上人を偲ぶ御廟(ごびょう)もある。
歴史のある寺だが、現在は子どもたちの声であふれている。前住職の信ヶ原良文夫妻が戦後の混乱期に、労働条件の厳しい家庭の母親を助けようと境内に保育園を開園、続いて日本で初めての夜間保育園を創設し、また地域児童のために「だん王児童館・子ども図書館」を設け、仏教福祉教育の拠点ともなっている。

さて、壇王法林寺は、川端・三条それぞれの両面に面して門がある。
三条側の入口には、「浄土宗だん王寺」の大きな石碑が目につく。

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境内に入るとまず正面に重厚な造りの四天王楼門(仁王門)がある。
楼門は東西南北に四天王が配置された立派な楼門で、今ではこの四天王楼門が存在するのは珍しい。

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これが正面。

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これは裏面。

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これが本堂である。そして本堂右手にある袋中(たいちゅう)と記された大きな「南无(無)阿弥陀仏」の碑だ。

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どうゆうわけか、大きな鳥塚が設えられていた。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2012-11-11 22:51 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

Commented by toshi at 2012-11-13 07:39 x
だんのうさんはお上人の名前なんですね ひらがなで寺名を書いているのも珍しいですね いつも素通りバスから眺めているだけでしたが次回は参拝してみます 奥は随分広そうですね 多分昔はあの一角全部が境内だったのでしょう 三門の両側裏表の四像は 四天王でしょうか珍しいです 
Commented by mo-taku3 at 2012-11-14 21:30
浄土宗の袋中初代住持が徳があり基礎を築いたと云われています。その後団王に二代目を譲り小さな草案に隠遁しています。この二代目も「だんのうさん」と慕われたようで、栴檀王院 無上法林寺(せんだんのういん むじょうほうりんじ)を檀王法林寺(だんのうほうりんじ)と呼ばれるようになったそうです。
しかし、団王は少し欲があったのかもしれませんね。
四像は四天王像です。四像でこのように残っているのは珍しいのではないかと思います。