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出雲大社の元出雲;【出雲大神宮】(京都亀岡市)の歴史

【出雲大神宮】(京都亀岡市)の歴史(出雲大社の元出雲)


◆社名 
古来より、さまざまな社名が使われていたようだ。
古くは出雲神社、千年宮(ちとせのみや)、大八洲国国祖神社(おおやしまのくにのみおやのじんじゃ)とも称された。
島根県の出雲大社は、古代より近代、1871年まで杵築大社(きづきたいしゃ)と呼ばれており、島根の出雲大社より古く、当宮では大国主命を祀っていたともいう。
「奈良朝のはじめ元明天皇和銅年中(708-715)、大国主命御一柱のみを島根の杵築の地に遷す。すなわち今の出雲大社これなり。」(『丹波国風土記』逸文)と記されており、大国主命を当社より島根に分霊したということが載っている。
拝殿の前に、大八洲国国祖神社(おおやしまのくにのみおやのじんじゃ)と書かれた駒札がある。
大八洲國とは、日本のことです。その御祖ということは、。日本という国をお産みになられた国祖が祀られている神社ということ。
太平洋戦争以前は、出雲神社と呼ばれており、戦後に現在の出雲大神宮と改称している。
俗称として元出雲(もといずも)と呼ばれている。

いずれにしても、出雲の謎を連想させるにふさわしい歴史のある神社のようだ。

出雲大神宮(いずもだいじんぐう)は、京都府亀岡市亀岡盆地東部に立つ御蔭山(御陰山、御影山、千年山とも)の山麓に鎮座し、御蔭山を神体山として祀る神社である。
式内社(名神大社)、丹波国一の宮。
旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁に属さない単立神社となっている。

◆主祭神
大国主命 (おおくにぬしのみこと)。当社では、別名を三穂津彦大神・御蔭大神としている。
三穂津姫命 (みほつひめのみこと)。高産霊尊の子で、大国主の国譲りの際に大国主の后となったと伝えている。
配祀神;天津彦根命。天夷鳥命。
祭神に関しては、天津彦根命・天夷鳥命・三穂津姫命の3柱とする説や、元々は三穂津姫尊1柱のみであるという説もある。

◆歴史
創建の年代は不詳。奈良時代以前から御蔭山を神体として祭祀が行われていたと推測されている。
社伝では、和銅2年(709年)10月21日に社殿が建てられたとする。
現在の社殿は、貞和元年(1345年)、足利尊氏により造営されたとされる。
明治4年(1871年)5月14日に近代社格制度において国幣中社に列した。
また、神宮寺を現在の極楽寺に借地移転した。極楽寺所蔵で重要文化財に指定されている十一面観世音菩薩像は、神宮寺時代に安置していたものとされる。

◆神階
弘仁9年(818年)12月16日、名神 (『日本紀略』) - 表記は「出雲社」
承和12年(845年)7月16日、無位から従五位下 (『続日本後紀』) - 表記は「出雲神」
貞観14年(872年)11月29日、従四位上 (『日本三代実録』) - 表記は「出雲神」
元慶4年(880年)6月21日、正四位下 (『日本三代実録』) - 表記は「出雲神」
延喜10年(910年)8月23日、正四位上 (『日本紀略』)
正応5年(1292年)12月2日、正一位 (『西園寺実兼日記』)

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当社は「出雲」を社名としているが、島根県の出雲大社や亀岡市内にあるその京都分院(亀岡市下矢田町)とは別法人の神社である。
祭神の大国主命については、一般には出雲国の出雲大社(杵築大社)から勧請したとされている。しかし、社伝では逆に、出雲大社の方が当社より勧請を受けたとし、「元出雲」の通称がある。

出雲大社との多少の関係はあり、境内に立つ「国幣中社 出雲神社」の社名標は出雲大社の元宮司・千家尊福の筆によるものである。

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鳥居の手前に境内案内図がある。

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拝殿;入母屋造妻入、檜皮葺で舞殿形式。明治11年(1878年)造営。
この拝殿の後ろに本殿がみえる。

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本殿(重要文化財);三間社流造檜皮葺。足利尊氏によって元徳年間または貞和元年(1345年)に改修されたものと伝えられている。国の重要文化財。

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春日社の横から本殿が見える。

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春日社

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上の社。
祭神:素戔嗚尊、奇稲田姫命
祭神は大国主命の祖先にあたる。社殿は一間社流造。文化10年(1813年)の造営とされる。

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真名井の水;神社右手の境内にあり、マグマの接触変成岩層から湧き出している。古来より御神水と崇められてきた。

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夫婦岩。

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◆徒然草 鎌倉時代末期、吉田兼好の『徒然草』(1330-1331?)、第236段に、出雲神社にまつわる逸話が出てくる。
「丹波に出雲と云ふ所あり。大社を移して、めでたく造れり。しだの某とかや しる所なれば、秋の比、聖海上人、その他も人数多誘ひて、『いざ給へ、出雲拝みに。かいもちひ召させん』とて具しもて行きたるに、各々拝みて、ゆゝしく信起したり。御前なる獅子・狛犬、背きて、後さまに立ちたりければ、上人、いみじく感じて、『あなめでたや。この獅子の立ち様、いとめづらし。深き故あらん』と涙ぐみて、『いかに殿原、殊勝の事は御覧じ咎めずや。無下なり』と言へば、各々怪しみて、『まことに他に異なりけり』、『都のつとに語らん』など言ふに、上人、なほゆかしがりて、おとなしく、物知りぬべき顔したる神官を呼びて、『この御社の獅子の立てられ様、定めて習ひある事に侍らん。ちと承らばや』と言はれければ、『その事に候ふ。さがなき童どもの仕りける、奇怪に候う事なり』とて、さし寄りて、据ゑ直して、 去にければ、上人の感涙いたづらになりにけり。」
出雲大社が移転、新造され聖海上人の一行が参拝した。拝殿前の獅子と狛犬が背中合わせになっていたため、何か深い謂れがあると思い神官に尋ねた。神官は単に子供の悪戯であるといい、狛獅子・狛犬を向き合うように置きかえて去って行った。

◆遺跡 本殿後方北の山中の森に、古墳時代、5世紀から6世紀初頭の横穴式墳墓が保存されている。盛土も残り、石室の入口は南に開口している。
 境内の西にある国指定史跡、千歳車塚古墳(亀岡市千歳町千歳車塚)は、亀岡盆地最大の前方後円墳といわれている。築造は古墳時代、6世紀前半とみられている。当宮との関わりがあるともいう。詳細は不明。
 境内、付近の山麓より、平安時代から鎌倉時代の古瓦が出土している。

◆鎮花祭 祭礼、鎮花祭(花鎮祭)(4月18日)は、かつて3月18日に催され、当日は観音菩薩の縁日となっていた。一時断絶し、昭和初期に復興した。無形文化財に指定されている。
室町時代、1459年以前より、雨乞のための風流踊り(花踊り、雨乞風流事、雨悦風流事、花行事神賑)も当社に奉納されていた。雨乞いの願掛け、願解き(雨悦)が起源とみられている。

◆年間行事
歳旦祭(1月1日)、元始祭(1月3日)、粥占祭(1月15日)、節分祭(2月3日)、紀元祭(2月11日)、祈年祭(2月17日)、祖霊社(3月節分)、鎮花祭(花鎮祭)・出雲風流花踊奉納(無形文化財)(4月18日)、夏越大祓(6月30日)、秋祭(法会)(8月18日)、祖霊社祭(9月節分)、例祭(10月21日)、新嘗祭(11月23日)、天長祭(12月23日)、大祓・除夜祭(12月31日)。
月次祭(毎月1日、15日)。





この項 <完>

by mo-taku3 | 2013-02-24 00:40 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(4)

Commented by toshi at 2013-02-26 08:16 x
もし元出雲が古代王朝時代の出雲で有ったとすると 古代の距離感に合致するような気もします
一度 自分の眼と足で噛みしめたい場所です
Commented by mo-taku3 at 2013-03-01 16:18
ここはもう少し突っ込んで研究してみたいと思います。
今のところ中途半端な知識なので。
Commented by NM at 2015-04-06 01:18 x
亀岡在住の者です。春日社の写真として掲載されているのは茶室として使用されている建物です。春日社は稲荷社の手前にある岩が御神体として祀られています。
Commented by mo-taku3 at 2015-04-07 13:56
コメントありがとうございます。
春日社の歴史は調べた段階ではよくわかりませんでした。
春日社も元々は古代の磐座信仰からスタートしている古い歴史を持っているということなのでしょうか。(非常に興味があります)
出雲について色々調べて行くうちに、古代出雲族の軌跡が奈良から京都にかけて分布していたことが見えてきています。
その中でも亀岡地区は愛宕信仰を中心として出雲族の地盤があり、更に南に下って今の京都の高野や賀茂地区も出雲族が分布していた軌跡があります。
更に不思議なことに、奈良の桜井市に出雲ムラがあり現在でも出雲はここにありとの意識を持っているようです。
また、出雲神で調べて行くと古い神社には殆ど出雲神が祀られています。
このように出雲のミステリアスな内容は私の最大限の興味の的となっております。
何かご存じのことがおありでしたらよろしくお願いいたします。