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城塞化されていた【知恩院】とその桜模様

城塞化されていた【知恩院】とその桜模様


知恩院は京都にある浄土宗の3つの大本山の一つである。
正面には大きな三門があり、それをくぐって結構急な階段を登ると境内にたどり着く。 のが通常の参詣ルートであるが、今回は今まで入ったことがなかった、横にある「黒門」から入ってみた。

浄土宗は法然上人が起こした宗派であるが、桃山時代には一向宗に母屋を取られたような格好で、衰退していたようだが、江戸時代の初め、家康の宗教政策から、浄土宗三山(金戒光明寺など)を作らせ広大な寺領とともに、城塞とも結うべき構造の寺院が建てられている。
多分このことは、金戒光明寺に幕末の京都守護職として、会津藩松平容保の駐屯地になったことからも戦時を考えての寺院建立ではなかったかと思われる。

そのような視点を入れて、桜とともにご覧いただきたい。
神宮道を真っ直ぐ円山公園に向かうと青蓮院があり、それを更に道なりに進むと円山公園の手前に知恩院がある。その道すがら、早咲きのサクラが咲いていた。

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これが三門から北に100mほど行った「黒門」である。

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黒門を入ると正面には、高い石垣が出現する。歴史を感じさせる、苔むした石垣である。

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更に石垣沿いに進むと北門が見えてくる。
これだけ見るとまさにお城の縄張りと同じである。家康が有事の際の城塞と考えたかもしれないことが想像できる造りである。

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丁度、新装なった、法然上人御堂の公開をしていたので見学させていただいた。

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境内の桜もいい感じで咲いていた。
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本堂は全面的に改築を行っていた。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2013-03-28 10:05 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

Commented by toshi at 2013-04-13 18:22 x
完全に城の造りですね 家康が改装したのか その前からこのような造りであったのか興味深い処です
(拓さん 御堂の中は撮影禁止ですぞ...)
Commented by mo-taku3 at 2013-04-14 07:11
ここができたのは、江戸初期です。
改装ではなく、江戸初期に新装のようです。
(気が付きませんでした、削除します。)