京都八幡市の史跡と松花堂庭園

京都八幡市の史跡と松花堂庭園


久し振りに、男山の石清水八幡宮に上ろうと思い、地図を広げてみると、石清水八幡宮がある八幡市は、割と史跡が存在しているのが分かった。
そこで石清水八幡宮に上った帰りに、八幡の街を散策してみようということになった。
八幡宮から裏道を通って降りることにしたら、殆ど人が通らない長い竹林を抜けることになった。
(途中で、鉄砲の音がしたりして、この道はお勧めできない。)

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竹林を抜けて里(という感じ)にでると、まぶしいほどの霧島つつじがまんかいであった。
とにかくびっくりするような感覚であった。

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ここで史跡めぐりに当たって、ここで八幡市のマップを広げてみた。

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しばらく進むと、「正法寺」があった。
この寺は、源頼朝の御家人で石清水八幡宮の社家志水氏の祖となった高田忠国が開基となり、1191年(建久2年)創建した寺と伝えられる。
以後この寺は志水氏の菩提所となった。1546年(天文15年)には後奈良天皇の祈願所となっている。
また、徳川家康の側室お亀の方(尾張徳川家の祖徳川義直の生母)は志水氏の出身であることから、江戸幕府から朱印状を得ている。

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その先に松花堂弁当で有名な松花堂庭園がある。
「松花堂」の名は、江戸時代初期の石清水八幡宮(京都府八幡市)の社僧であった松花堂昭乗(1584年(天正12年) - 1639年(寛永16年))に因むものである。昭乗は、農家が種入れとして使っていた器をヒントにこの形の器を作り、絵具箱や煙草盆として使用していた。
ただし、松花堂弁当は懐石料理(茶料理)の流れを汲み昭和になってから誕生した様式であり、歴史は大きく異なる。(庭園の前には京都吉兆が松花堂弁当を出している。)
また、IBMのノートパソコンであるThinkPadは、松花堂弁当の弁当箱をコンセプトにしてデザインされたという。

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善法律寺。
石清水八幡宮検校職であった善法寺宮清が建立した寺。宝冠阿弥陀如来坐像をはじめ本尊の僧形八幡大菩薩がある。また、足利義満の母良子の菩提寺で、境内には良子が紅葉を寄進したことから「もみじ寺」とも呼ばれている。紅葉が歴史的建造物に映えて美しい。

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男山の参道を横から眺めると、見事な藤の花が延々と連なって見事である。

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「やわた放生の景」は、京都府の歴史的自然環境保全地域に指定されている男山の美しい緑、
石清水八幡宮や八幡八景のひとつである木造反り橋の安居橋など、自然と史跡が共存する公共空間を保全し、市民の憩の場となることを目指して整備された散策路。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2013-04-28 10:26 | (歴史)京都史 | Comments(0)