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先ごろ報道された、方広寺大仏殿跡の発掘調査結果2013

先ごろ報道された、方広寺大仏殿跡の発掘調査結果2013


先日方広寺大仏殿跡地の報道があったので現地に出かけてみた。

方広寺は東山のふもと、あの太閤・豊臣秀吉が建立した寺で、現在、伝教大師作・豊太閤護持の大黒尊天を祀っている。
記録では、天正14年(1586)に秀吉が奈良・東大寺にならって大仏造立を決定し、文禄4年(1595)にはほぼ大仏殿が完成していたようだ。
しかし、慶長元年(1596)伏見大地震のため大仏は倒壊。秀吉は、
「うぬは、京の町を守るを忘れ、まっ先に倒れるとは、慌て者が!」 と弓矢を打ちつけたという逸話が残っている。
慶長9年頃、放火により炎上したあと、豊臣秀頼が再興している。
現在は『大仏殿跡緑地公園』なっており、2000年に遺構の状態を確認するため、部分的な発掘調査が実施されました。
現在も発掘が続いており、大仏殿の基礎部分の強固な地盤が話題を呼んでいる。
また、大仏の全高18mという東大寺大仏殿をもしのぐ壮大さであったことが改めて確認されました。

発見された遺構は地下に埋め戻して大切に保存し、小舗石や板石などで位置を地表に明示しています。
偉容を誇った大仏殿は、残念なことに寛政10年(1798)に落雷による火災で大仏もろとも焼失した。




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尚、方広寺の「梵鐘」は、大坂夏の陣のきっかけを作った 「国家安康・君臣豊楽」 で有名。




この項 <完>

by mo-taku3 | 2013-11-12 12:13 | (歴史)京都史 | Comments(2)

Commented by toshi at 2013-11-19 23:43 x
大仏像は確か木製でしたよね 大袈裟なことの好きな秀吉の仕事としては何となくちゃちな感じもします 梵鐘事件は 家康のいちゃもんとしては良くぞ思い付いたものだと思います 大阪の陣の後 壊されずに残ったのも不思議な気がします 
Commented by mo-taku3 at 2013-11-20 00:42
最初のは木製ですね。
秀頼が作ったのも木製でしょうか?
本当によく残りましたね。不思議です。