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西国(第2番)札所『紀三井寺』(和歌山市)20140914

西国(第2番)札所『紀三井寺』(和歌山市)20140914


紀三井寺(きみいでら)は、和歌山県和歌山市紀三井寺にある。
紀三井寺は通称で、正式名は紀三井山金剛宝寺護国院といい、西国三十三所第2番札所である。

伽藍は山の中腹にあって、境内から和歌山市街を一望できる抜群の景観である。
山内に涌く三井水(吉祥水・清浄水・楊柳水)は、「名水百選」に選ばれており、また、境内は関西一の早咲き桜として知られるとおり、観桜の名所として名高く、日本さくら名所100選にも選ばれ、桜の開花時期をこの桜で決めている。

さて、本寺は宝亀元年(770年)、唐僧の為光が、日本各地を行脚していた時、名草山山頂から一筋の光が発せられているのを見た。
その光の源をたどっていくと、名草山にたどり着いた。そして為光は、そこで金色の千手観音を感得した。
為光は自ら観音像を彫刻し、胎内仏としてその金色千手観音像を奉納し、草堂を造って安置したのが紀三井寺の始まりであるといわれている。
また、名草山に三つの霊泉三井水(吉祥水・清浄水・楊柳水)があることから「紀三井山」という山号になったという説もある。 がしかし付近の地名「毛見(けみ)」が転じたものとも言われ定かではない。

真言宗山階派勧修寺の末寺であったが、昭和23年(1948年)3月20日、救世観音宗を開創して本山より独立している。

楼門は重要文化財である。
参道正面、境内への入口に建つ2階建楼門は、室町時代中期の建立で、寺伝では永正6年(1509年)の建立となっている。

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長い階段上の参道が続く。

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この参道の謂れとして「結縁坂」説明が載っている。

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三井水
紀三井寺の寺名のもととなったとされる「清浄水」「楊柳水」「吉祥水」の3つの湧き水である。
これらは名水百選に選定され、「清浄水は参道石段の途中右側にある小さな滝水」。「楊柳水はそこからさらに小道を入った突き当たりにある井戸」。「吉祥水は境内からいったん楼門を出て右数百メートル行ったところにある井戸」。

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本堂は江戸時代、宝暦9年(1759年)の建立。観音堂ともいう。
入母屋造本瓦葺き、柱間は正面側面とも五間で、千鳥破風を付し、正面には唐破風形・三間の向拝を設けている。
元々本堂にあった秘仏本尊の十一面観音像、千手観音像などは、現在裏手の大光明殿に移されている。
(非公開)

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この日は晴れていたので見通しもよく、景観も抜群だった。

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鐘楼(重要文化財)は安土桃山時代の建築で、寺伝では天正16年(1588年)の建立。

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仏殿
鉄筋コンクリート造3階建の新仏殿で、建物全体の形は五輪塔に擬している。2000年に起工し、2002年に竣工。高さ25メートル。内部には高さ12メートルの木造千手観音立像(寺では「大千手十一面観世音菩薩像」と呼ぶ)を安置する。この観音像は仏師松本明慶の工房の作品で、京都の工房で制作した寄木造の像を現地で組み上げたものである。耐震性を考慮して、内部には鉄製の心棒を立て、枠木で像を固定している。寺では、寄木の立像としては日本一のものであるとしている。像は2002年から制作を開始し、2007年に完成、2008年5月21日に入仏落慶供養が行われた。


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多宝塔(重要文化財)- 室町時代の建築。史料により文安6年(1449年)の建立と推定される。和様を基調としつつ、唐戸、花頭窓などを用いている。

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*大光明殿(資料より)
本堂の裏手に棟続きに建つ耐震耐火の収蔵庫(原則非公開)で、昭和58年(1983年)に完成した。
大光明殿内中央の厨子内には向かって左に十一面観音像、右に千手観音像が安置される。紀三井寺の本尊とされるのは十一面観音像だが、千手観音像も本尊と同様に崇敬されている。
両像とも50年に一度開扉の秘仏である。
厨子外の向かって右には梵天像と本尊とは別の十一面観音像、左には帝釈天像と毘沙門天像を安置する(毘沙門天像を除く5体は重要文化財)。
•十一面観音立像 - 像高161.5センチメートル。当寺の秘仏本尊。一木造、素地仕上げ。
 頭部のプロポーションが大きく、素朴な彫法の像で、平安時代、10世紀頃の作と推定される。
•千手観音立像 - 像高183.0センチメートル。平安時代、10 - 11世紀の作。
 本尊とともに安置される秘仏で、一木造、素地仕上げとする。千手観音の彫像は42手をもって千手とみな  すのが通例だが、本像は奈良・唐招提寺像などと同様、大手42本の他に多数の小手を表す「真数千手」像 である。
•梵天・帝釈天立像 - 像高163.9及び161.2センチメートル。平安時代、10 - 11世紀の作。
 本尊の両脇に安置され、「梵天・帝釈天」と称されているが、条帛(じょうはく)、天衣、裳を着けた像容は菩  薩像のそれであり、本来観音菩薩像として造られた可能性が高い。梵天像は彫法が素朴で、彩色はほとん ど剥落し、頭上には円筒形の冠があるのに対し、帝釈天像は衣文の彫技が細かく、彩色がよく残るなど、両 像の作風には明らかな相違があり、元来一具ではなかったとみられる。
•十一面観音立像 - 像高156.7センチメートル。平安時代、10 - 11世紀の作。一木造、彩色はほとんど剥 落。大光明殿内の向かって右端に安置。衣文の彫りが簡略で、素朴な作風の像である。






この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-06-06 11:13 | (巡礼)西国三十三ヵ所 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2015-07-24 09:13
紀三井寺は 社会人になりたての頃 丸善石油に勤めた友人を訪ねた折に 立ち寄った記憶があります 恥ずかしながら三井寺と紀三井寺の区別もついて居ませんでした 救世観音宗というと矢張り法隆寺夢殿の救世観音を連想しますが 聖徳太子と何か繋がりが有るのでしょうか 先日大阪四天王寺で昭和の作品でしょうが救世観音像を参拝しました
Commented by mo-taku3 at 2015-07-24 23:21
ここは元真言宗山階派だったのですが現在は分派しています。
したがって救世観音宗となったのはあとになってからで、聖徳太子とはあまり関係が感じられません。
ここは日本の桜の開花を決める樹木があることで有名です。