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北の守り『王城の鎮護神 玄武神社』20141001

北の守り『王城の鎮護神 玄武神社』20141001


玄武神社(げんぶじんじゃ)は、京都の北方に位置し、王城の鎮護神として祀られている。
玄武とは、四神相応の守護神(青龍、朱雀、白虎、玄武)の、北・冬を司る玄武に由来する。
(ただし異説は幾つかある。)
かつて「亀宮」といわれたのは、玄武の図ある亀に絡む蛇から、境内の池に亀が放されていたことによる。
また、中世には「赤社」ともいわれた。「惟喬社」とも別称されていた。
祭神は惟喬親王(これたかしんのう)を祀る。
方除、厄除、疫病除けなどの信仰がある。

平安時代の元慶年間(877-885)、星野市正茂光が、惟喬親王寵愛の剣をこの地に祀ったのが起こりといわれている。
(惟喬親王とは、第55代・文徳天皇の第1皇子、母は紀名虎(きのなとら)の娘・静子)
この剣は、惟喬親王の外祖父・紀名虎(きのなとら)が所有していたものという。
右大臣・藤原良房の娘・明子との間に第4皇子・惟仁親王が生まれると、第1皇子・惟喬親王ではなく、良房の外孫で生後8か月の惟仁親王(第56代・清和天皇)が皇太子となった。
皇位を失った惟喬親王は、大宰帥、上野太守などの役職を歴任し、その後、病のため出家し、素覚と号して愛宕郡小野郷に隠棲した。
先の、星野市正茂光(生没年不明)とは、惟喬親王の母方の末裔で大宮郷の郷士で若宮八幡宮の神職を務めたという。

このように色々謂れはあるが、玄武神社は王城の鎮護神として、北・冬を司っている。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2014-10-01 10:43 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2014-10-23 08:19
清和天皇の辺りから急に皇室から分家が多くなっているのも 社会的な生産力が急速に高まり生活が豊かになった証拠なのでしょう 神を祀ること自体 社会が豊かでなければ不可能ですから 
背景がマンションと云うのも時代の流れなのでしょうね 
Commented by mo-taku3 at 2014-10-23 23:47
平安京の王城鎮護は色々なものがありどれが正解とは言えない状況ですね。
設立の状況から言ってここが公認の?鎮護というのは難しいですね。ただ面白いことがありました。
この神社のすぐ隣が今宮神社の御旅所があり、更にその隣が若宮神社となってました。(御旅所はかなり荒れていました。)
今宮神社とは、疫神社が前身聞いており、平安京以前から存在していた神社だそうです。
その御旅所を挟んで2つの神社があることが何か意味がありそうな気がしました。