改装中の【二条城】で史上初のうれしい出来事が20150207

改装中の【二条城】で史上初のうれしい出来事が20150207


世界遺産・二条城を次世代へ保存・継承していくために、国宝・二の丸御殿をはじめとする建造物の本格修理を行っています。
この修理は1603年徳川家康による築城以来の大修理となります。

本格修理事業の一環として東大手門の修理工事を実施しています。
この東大手門は通常の出入り口として使われてきたが、平成26年12月2日(休城日)から平成27年2月28日の短期間閉鎖されています。
そのためこの間は、東大手門から北大手門へ入退場口を変更しています。(現在、二条城は2つの大手門しか出入り口は無い。)

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現在の仮設入場門である 「北大手門」 です。
この門から一般の人を入場させるのは二条城始まって以来初めてということで、タイミングよく来ることだ出来、貴重な体験をすることができた。
今後、もう何百年も開放することはないだろうと思っています。

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北大手門を入ると家康さんのご挨拶がある。

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更にぐるり回って「唐門」から「二の丸御殿」向かう。

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二の丸御殿です。

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梅がまだだったがチラホラ花も見られた。

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内堀にはいつも見る水鳥もおらず、静かな水面でした。

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京都市では、支援のお願いがありました。メッセージは、以下のとおり。
『今回の修理は、1603年徳川家康による築城以来の大修理であり、数多くの文化財等を有することから、多大な資金と年数が必要になります。そのため修理に当たり、皆様の御理解と御支援を賜る“世界遺産・二条城一口城主募金”を募っております。多くの皆様の温かい御支援をお願い申し上げます。』




この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-02-07 12:50 | (紹介記事)京都 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2015-03-04 08:11
地図の上が西にあたるんですね 一瞬戸惑いました 通常南正面ですから 北に大手門があるというのも不思議な作りです 御所から一番近い処に門を切ったということでしょうか
Commented by mo-taku3 at 2015-03-05 09:36
資料によりますと、
「二条城はかつて平安京の大内裏であった場所の南東端とその南にあった禁園(天皇の庭園)である「神泉苑」跡とにまたがる地にある。
東西約500メートル、南北約400メートル、ほぼ矩形だが厳密には東側から見て凸型となっている。
南北の幅が狭くなっている西側部分が徳川家光の時代に行われた寛永の大改修によって拡張された部分で、家康による創建時は現在の東側半分(二の丸)のみであった。」
とありました。

家康がこの地を選んだ理由は不明だが、信長の二条新御所と秀吉の妙顕寺城が並ぶ東西のラインと秀吉の聚楽第から真南に延ばしたラインの交差する場所、いわゆる聖なるラインの交わる場所であったことが注目される。
特に聚楽第の存在は大きく、共に堀川西域に立ち御所に向けて門を開けている様子は家康が聚楽第を意識していたことを明瞭に示している。」
とありますが、この当時の御所はそうであっても旧平安京の大内裏(禁裏;庭)跡地に建てたのは納得がいきませんね。
この辺からも歴史を重んじる京都市民?にとって、家康が嫌われる要因なんでしょう。