京都府城陽市にある歴史ある【青谷梅林】20150318

京都府城陽市にある歴史ある【青谷梅林】20150318


梅といえが南高梅(和歌山)が有名であるが、京都の梅林で検索すると、ここ「青谷梅林」がでてくる。
正直言って、あまりなじみはないが、梅の産地として城陽市の南部丘陵地に広がる京都府最大の梅林で、鎌倉末期には後醍醐天皇の皇子、宗良[むねなが]親王の歌に詠まれていたことからこの頃はすでにあったようだ。また、江戸時代には淀藩領となっており、藩により奨励されたという。
早春には約1万本の白梅の花が咲き、昭和59年(1984)より毎年、開花時期には梅まつりが開催されている。
ここの梅は、「生産梅林」として果実から梅干だけでなく、梅酒や梅菓子などさまざまな製品が作られている。

丁度満かだった、梅林の写真をご覧ください。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-03-14 12:25 | (梅情報)全国 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2015-03-24 08:55
城陽市という名前がまず聞き慣れない名前で 地図で探してしまいました 宇治の南になるのでしょうか 此処で云う「城」は何処を指すのでしょうか?
市町村合併で訳が分からなくなってしまいました 
淀藩と云うことは 淀城の有った場所ですか?
Commented by mo-taku3 at 2015-03-24 10:57
名前の由来は調べてみました。
由来は。「山城国南部、陽の当たる豊かな土地」という意味だそうで、城陽の城は山城の“城”のからきていると思われます。
ちなみに、「山城」の由来は、
「やましろ」は、古くは「山代」と記され、7世紀に「山背国」という表記で国が建てられたと言われています。
この名称は、平城京から見て「奈良山のうしろ」にあたる地域であることから来ていると云われている。
延暦13年11月8日(794年12月4日)の平安京命名の時期と同じくして、桓武天皇が、「山河が襟帯して自然に城をなす形勝から「山城国」に改称した」とあります。
これが「城(ジョウ、き)」という字を「しろ」と読む原因となったと言われているそうです。
平城京時代の木簡を見る限り「山代国」・「山背国」の表記とは並存していたと見られています。

ということでした。
名前の由来は面白いですね。