毎年楽しみな【鴨川・木屋町】の桜模様20150330

毎年楽しみな【鴨川・木屋町】の桜模様20150330


3月の下旬になると、木屋町の桜並木が一斉の開花し壮観だ。
この木屋町通りは、高瀬川という運河が流れている。
この川の起点は木屋町二条の船溜りだが、この高瀬川は江戸時代に角倉了以という人が造っており、その別荘だったのが、「がんこ二条苑」となって鴨川の床料亭となっている。

鴨川の少し色づいた桜と併せて、木屋町通りの桜並木をご覧ください。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-03-30 14:44 | (桜情報)京都・関西 | Comments(4)

Commented by toshi-ohyama at 2015-04-24 08:10
最近東京では 目黒川沿いの桜並木が人気ですが 流石木屋町ですね 高瀬川の中にライトアップ照明が随分設置されているようで これはちょっと抵抗感ありです 高瀬船は舟底に工夫がされていますが今の水量ではとても航行は無理 昔はもっと水量が多かったのでしょうね
Commented by mo-taku3 at 2015-04-24 23:17

高瀬川のことについて書かれた資料によりますと、
「高瀬川は水深が数十cm程度と浅く、物流には底が平らで喫水の低い高瀬舟と呼ばれる小舟が用いられた。 二条から四条にかけては、荷物の上げ下ろしや船の方向転換をするための「船入」が高瀬川から西側に直角に突き出すように作られた(現在は、史跡指定されている「一之船入」を除き、すべて埋め立てられている)。 七条には「内浜」(うちはま)とよばれる船溜まりがあった(場所は現在の七条河原町を中心とした七条通の北側である)。 内浜の設置は、慶安元年(1648年)からの枳殻邸(渉成園)の建設などに合わせて、御土居の付け替え、高瀬川の流路の変更とともに行われた。内浜の名は御土居の内側に位置したことに由来する。 川沿いには、曳子(舟曳き人夫)が高瀬舟を人力で曳いて歩くための曳舟道が設けられた。」
とありました。
矢張り水量は少なかったんですね。
Commented by toshi-ohyama at 2015-05-12 06:47
先日 改めて一之舟入周辺を見て来ました 新しい高瀬舟に酒樽を沢山積んで展示されていますが 中々あの舟が浮くとは思えません 底が平らだから浮力も付かないし安定も悪そうだし...
でも考えてみると 伏見から酒を運ぶ時は岸から人力で引っ張って上ったのでしょうから 引き摺るというのが正確な処かも知れませんね 

難波の宮の通りを挟んだ北側にある歴史博物館に舟入の模型が有りました 荷捌きの様子が良く判ります
Commented by mo-taku3 at 2015-05-12 11:43
今度難波に行く機会がありましたら寄ってみたいと思います。