白河上皇の熊野詣の出立地『城南宮』20150425

白河上皇の熊野詣の出立地『城南宮』20150425


白河上皇が広大な「鳥羽離宮」を造って、そこで院政を行ったことが有名ですが、熊野(くまの)詣に頻繁に出かけたことも有名です。
大河ドラマ「平清盛」で白河上皇の熊野詣に平重盛が警備として同行し、落馬が原因で後に亡くなったことが伝えられていますが、この当時は猫の杓子もと言っていいくらい熊野詣が宮廷関係者では盛んでした。

その旅の安全を祈願してここから出立したとの記録が残っているようです。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-04-25 14:10 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2015-06-01 08:26
白川上皇に始まる院政時代 六勝寺やらこの城南宮やら矢鱈と造作を競い合うようです 飛鳥時代に皇位継承と都の造作がセットになっていたように権力と造作は権力の象徴と受け止められたのでしょう 南禅寺周辺の別荘も明治維新高官の権力誇示の象徴のように感じられます

熊野詣もその延長線上の何かが有ったのでしょうか
Commented by mo-taku3 at 2015-06-01 23:20
鳥羽の地に白河上皇の石碑が立ってます。
この頃から鳥羽離宮がかなり出来上がっていたのでしょうね。
城南宮は名前の通り南の守りですから、鳥羽離宮よりも早くにあったんでしょうね。
資金の提供が平氏が貿易で得たお金を提供していたようで、平氏の台頭にも繋がったんでしょうね。