清水焼発祥の地『若宮八幡宮』と孝明天皇とは20150506

清水焼発祥の地『若宮八幡宮』と孝明天皇とは20150506


六条にあった若宮八幡宮は秀吉の時代にここ五条坂に移転された。
(しかし平安時代に源氏の居館があった、六条にも若宮八幡宮が残っている。)

ここは源氏、陶器まつりの方で有名で、別名 陶器神社とも言われている。
毎年8月のお盆前には、大規模な陶器まつりが開催されている。
石柱に「清水焼発祥之地 五條坂」とある。
陶器神社と呼ばれているのは、後に陶祖・椎根津彦命(しいねつひこのみこと)を合祀した為であるようだ。
(陶器神社と呼ぶためなのか、どっちが先かわからない。)
本殿は特徴があり、京都市有形指定文化財に指定されている。

現在の社殿は、承応3年(1654)年に再建されたもの。
本殿には仲哀天皇、応神天皇、神功皇后が、相殿には仲恭天皇が祀られています。(祭神は八幡社の基本通りとなっている。)

また、本殿のすぐそばには、写真↓の 蓬莱石 が鎮座?しています。
足利尊氏が病気にかかった際に若宮八幡宮に治癒の祈願をしたのだそうです。
それを喜んで、神社に奉納したのが、この蓬莱石のようだ。
この蓬莱石は長い間本殿の片隅に埋もれていたのが、御神託を受けて昭和になって発見されたということである。
また境内にはこの他、足利義満の寄進による八角手水鉢(御影石)、孝明天皇の御胞衣埋納所  などがあります。
ここで孝明天皇が出てくることにミステリアスな感じを受ける。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-05-06 13:46 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2015-06-02 08:32
維新直前の行幸まで一歩も御所の外には出なかったと云われる孝明天皇です 胎盤を態々こんな処に収めるというのはどういう謂れが有るのでしょうか
学生時代歩いた五条坂は茶碗屋がもっと沢山軒を並べていたように思います
遠くに見える狛犬は 流石に陶器のようですね 陶器の狛犬は珍しいですよ
Commented by mo-taku3 at 2015-06-03 22:14
最近、落合莞爾(かんじ)の「南北朝こそ日本の機密(現皇室は南朝の末裔だ)」を読み始めています。
まだ序盤ですが、ヒステリックな位微細に調査を進めているように思います。孝明天皇は公武合体派だったと言われており、亡くなられてから一気に討幕へ進んだのを見ると何か怪しい感じがします。