北野天満宮の前身神社『文子(あやこ)天満宮』20151212
文子天満宮は渉成園より北へ徒歩2分位の所にひっそりと建っている。
天神信仰と道真の乳母「多治比文子(たじひのあやこ)」ゆかりの神社である。
御祭神、勿論菅原道真公である。
道真は大宰府へ左遷され、失意のうちに亡くなった。
その後、天候不順や政治の混乱が続き、人々はそれらの災いを道真公の怨霊のせいだと考えていた。
菅原道真公の乳母をつとめていた多治比文子は、失意のうちに自分の家の庭に小さな祀をもうけ、道真公を拝んでいた。
そんなおり、天神となった菅原道真公は多治比文子に現在の北野天満宮の地に自分を祀ってもらいたいと託宣し、北野天満宮が天神信仰の中心となったわけである。
このように北野天満宮がまつられるきっかけをつくったのが、多治比文子だった。ここが「北野天満宮の前身神社」と称する由縁である。
文子天満宮は、菅原の道真公を「天神」としてわが国で最初におまつりした神社であることから「天神信仰発祥の神社」と位置づけられます。






この項 <完>
by mo-taku3 | 2015-12-12 14:58 | Comments(2)
此方は東面ですか?
錦天満宮は西面ですし バラバラですね 神社には南面思想はそれほど重要視されていないということでしょうか
天満宮の西面・・・などや、えびす神社の北向などは建てられた時の向きを云っているように何かで読みました。今度詳しく調べてみます。