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酒造と歴史の伏見を散策20160305

酒造と歴史の伏見を散策20160305


伏見は京都市の南部に位置していますが、奈良時代から道が整備され、近くに大きな川や水郷があり要衝の地だったようです。
古代、深草あたりは京都盆地を開発した渡来人・秦氏の拠点とも一時期なっていました。
平安時代には、鳥羽上皇の「鳥羽離宮」に代表される貴族の別荘の地、景勝の地として伏見の名は知られており、その史跡も多く残っております。
近世には、豊臣秀吉が伏見城を築き、豪華絢爛と言われた「桃山文化」を開花させたのは有名な話です。
更に徳川家康は日本で最初の銀座を開き、角倉了以に高瀬川を敷かせて、京・伏見・大阪を一本の水路で結び、伏見港を日本最大の河川港としています。
近代日本の夜明けは、鳥羽・伏見・竹田などでした。
そこには幕末の志士たちの活躍や戊辰戦争の遺跡など、いたるところに史跡がある伏見は、京の都と深くかかわりながら、独特の歴史感を形成しておりのんびり散策するには絶好の街ではないかと思います。

もうひとつのお話としては、有名な伏見のお酒があります。
太古、京都盆地は琵琶湖より大きな湖でしたが、大地の隆起により水が引き、京都盆地の周辺には沼沢地が残り古代の人たちが住み始めたようです。その遺跡が伏見でも、稲荷山頂の古墳群遺跡、西側の深草遺跡など古代人たちが暮らしていた農耕集落が発掘され見ることができます。
そこに稲作が伝播され、麹を用いる酒造りも普及・発展したようで、古くから酒造りが行われていた様子が伺えるそうです。
伏見のお酒は、5世紀に渡来系氏族の秦氏らがもたらした技術や、8世紀に平安京の造酒司で行われた高度な酒造りの影響を受けながら、脈々と歩みを続けてきました。
1425年、1426年の京都の酒屋名簿が残っており、それによると洛中・洛外に342軒の酒屋が存在し、その中には伏見の酒屋も含まれていました。
その後造り酒屋も水がきれいで豊富な伏見が中心になり、それがまた全国的に有名になり現在に至っている状況です。

伏見には幾つかの駅がありますが、スタート地点としてJR中書島駅を選びました。
JR中書島駅を出て直ぐに「幕末のまち伏見」、「名酒のまち伏見」と書かれ寺田屋と酒蔵の写真、また横に有名な坂本龍馬の写真を載せた説明板がありました。
内容は名前の通りですが、なかなか趣のある風景を醸し出してました。

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また駅前に目を移すと、豊臣秀吉にゆかりのある、「弁財天御像」(長建寺)と書かれた石柱がありその横からの散策となります。

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長建寺に向かって進むと、伏見城建設時に造られた「宇治川派流」(外堀川につながっている)につきあたる。

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この川は三十石船が行き来して資材を運んだようです。
この辺りは弁天浜というう。この向いに長建寺があり、そこの弁財天にちなんだものではないかと思われます。その昔、京都~大阪間を往来していた三十石船が復元され、また観光用として十石船が期間限定で運航しています。 (この日は運行をしておりません。)

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この弁天浜の前には「洛南保存会が建てた駒札に説明があります。

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駒札の背後には「弁財天長建寺」があります。

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この日は丁度枝垂れ梅が満開でした。
この梅の奥には酒造の建物が写っている。
かなりの規模のこの酒造は保存されている「月桂冠大倉記念館」とのことです。

ここだけでなく伏見城の外濠だった濠川(ほりかわ)沿いにも沢山の酒造があり、ひときわ目立つのは『月桂冠』酒造でした。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2016-03-05 16:00 | (歴史)京都史 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2016-04-05 08:02
京都の伏流は 北西から南東に流れていると認識していますので 水と気温を考えれば 桂川もしくは賀茂川の上流の方が 酒造りには適しているのではと思いますが 大阪経由の全国への出荷には 伏見の方が圧倒的に有利ということでしょうか

Commented by mo-taku3 at 2016-04-07 11:46
私も詳しくはわかりませんが、元々鳥羽離宮のあった辺りは平安時代までは大きな湿地帯であり水郷であり入り江であったとあります。
伏見城は丘陵地帯にありますが直ぐ近くまで船が付けられたようです。
今も外堀だったところが濠川として残っています。。
また、高瀬川の始点もこの伏見からとなってます