人気ブログランキング |

広大な敷地を持つ若狭の名刹『天徳寺』20160502

広大な敷地を持つ若狭の名刹『天徳寺』20160502


福井県三方上中郡若狭町にある高野山真言宗所属の寺で天徳寺(てんとくじ)というのがある。
ここは名水で有名な「瓜割の滝」を擁している。

寺伝によれば、今からおよそ1300年前の養老年間、加賀・白山を開いた泰澄大師がこの地宝篋ケ嶽に上り、馬頭観音像一躯を刻んで山腹の岩窟に安置したことが起源としている。
泰澄大師の開山から200年を経た天暦年間、「この馬頭観音が岩上にあって七日七夜奇瑞を示現したため、元真僧都が急ぎ草堂に移した」としるされている。
観音の霊異は天聴に聞こえ、時の村上天皇は宣旨を下して堂宇の建立に着手したという。
天徳元年、七堂伽藍を建立されている。
次いで村上天皇より斎田二十町歩が寄進され、正治2年北条政子が源頼朝の菩提を祈る法華堂を建立寄進した等々と伝えている
爾来、本尊馬頭観音所在に約して山号を宝篋山とし、村上天皇治世の元号になぞらえて天徳寺と称すようになったという。
また、起源を、門前の湧き水の水神に対する強い信仰によるものとする説もある。
(和歌森太郎編『若狭の民俗』)によると、水源地である水の森に祀る水神(ここでは不動明王)に対する近郷の信仰は篤く、旱魃の際に近郷こぞって雨乞いの祈願をした記事がいくつかの史書に見えることからも水神信仰に起源をおいたことは明らかというものである。

瓜割の滝上方の山道を100メートルほど進んだところに四国八十八ケ所石仏霊場がある。
ここは江戸・文化年間、時の住持本如上人が空海(弘法大師)の夢告を受け造営したもので、佐渡島で彫られた石像88体が安置されている。

かつて若狭から出た作家水上勉はその随想集の中で「石仏で名高い天徳寺。石仏は石段をあがりつめた山腹だが、四国八十八ケ所石仏といわれている。(中略)枝の混んだ杉、檜の木の木もれ陽の中で、静かに正座しておられる石仏をみていると、暗い奥山だけに、幽邃である。天徳寺は、また湧き水で名高い水の森があり、この石仏群のしじまのへ水音はきこえてくる。若狭は、やはり仏の国だと思う」と言っている(『若狭路』)。

広大な敷地を持つ若狭の名刹『天徳寺』20160502_e0237645_14582840.jpg


広大な敷地を持つ若狭の名刹『天徳寺』20160502_e0237645_14584178.jpg


広大な敷地を持つ若狭の名刹『天徳寺』20160502_e0237645_14585465.jpg


広大な敷地を持つ若狭の名刹『天徳寺』20160502_e0237645_14594370.jpg


広大な敷地を持つ若狭の名刹『天徳寺』20160502_e0237645_14595677.jpg



広大な敷地を持つ若狭の名刹『天徳寺』20160502_e0237645_1501152.jpg


広大な敷地を持つ若狭の名刹『天徳寺』20160502_e0237645_1502949.jpg


広大な敷地を持つ若狭の名刹『天徳寺』20160502_e0237645_1505337.jpg


広大な敷地を持つ若狭の名刹『天徳寺』20160502_e0237645_151379.jpg


広大な敷地を持つ若狭の名刹『天徳寺』20160502_e0237645_1512634.jpg






この項 <完>

by mo-taku3 | 2016-05-02 14:51 | (寺社)全国の神社仏閣 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2016-05-31 09:15
若狭は 観音信仰の盛んな処でもあるようですが 観光化されて居ない素晴らしい処が 数多くあるようですね
残念ながら 殆ど未訪問です
写真の階段は 相当きつそうですが そそられます!
Commented by mo-taku3 at 2016-06-02 14:02
昨日(5/31)も丹波にでかけてきました。
いいお寺がありました。田舎に行けば行くほど村社が多いですがなかなか味のある古刹が多いです。
昨日は丹後の安国寺という寺で足利尊氏生誕地に建っているお寺でした。関東方面だとばっかりおもいこんでいました。
この天徳寺は瓜割の滝を含め、社務所・本堂・鐘楼・大師堂・広い庭園など広範囲に分布しております。
頼朝や村上天皇などがこの田舎で辺鄙なところまで気配りされていたのは大事なところだったんでしょうね。