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足利尊氏生誕の地「綾部市にある安国寺」20160601

足利尊氏生誕の地「綾部市にある安国寺」20160601

足利尊氏が元弘元年(1331)は、後醍醐天皇が行った鎌倉幕府討伐のための元弘の乱をはじめとして、それ以降の戦死者について、その霊を弔うために夢窓疎石の発願で、全国六十六ヶ国二島に一寺一塔の設置をすすめた。
光厳上皇の院宣を仰ぎ丹波綾部はその筆頭であり、寺は安国寺、塔は利生塔と称した。
また、山城の安国(北禅)寺では一休宗純(一休さん)がいたことで有名です。

景徳山安国寺は、平安時代の名僧恵心僧都作とされる地蔵菩薩を、この地に祀った光福寺に創まると伝えられている。
その後鎌倉時代に、六代将軍宗尊親王の側近勧修寺重房が丹波上杉荘を拝領して上杉と改姓、当寺を氏寺とした。
上杉重房孫清子は、足利貞氏に嫁して尊氏を出生し、その尊氏が征夷大将軍となって室町幕府を開いた。
尊氏は国土安穏戦没者供養を発願、国毎に一寺一塔を建立したが、その折尊氏は、自分の出生地である丹波の当寺を、その筆頭「安国寺」とした。


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宝篋印塔三基(綾部市指定)
境内の開山堂右側に建つ宝篋印塔三基は南北朝期の特色ある仏塔で、中央の塔は完全な形だが、左・右は一部に欠損している。。
この三基は古くから足利尊氏母子の墓碑とされている。
向かって左側に母堂清子(一三四二年没)、中央が初代尊氏(一三五八年没)、右側に妻登子(一三六五年没で)、二代将軍義詮が父母等の没後に遺骨の一部を当地に迎え建立したと云われている。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2016-06-01 13:29 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2016-07-06 08:25
足利氏は てっきり栃木県出身と思い込んでいました 足利学校を訪れた際にも全くそのように信じ込んで参観していました

皇室に矢を向けた極悪人のレッテルを張られた幕末に 迫害を受けることはなかったのでしょうか よく手入れされているようですね
Commented by mo-taku3 at 2016-07-10 01:05
足利氏は栃木県なのは間違いありませんが、生誕の地が母方の丹波ということです。
母方は上杉氏で上杉氏の里が丹波ということで、母親がここに戻って出産したようです。だから生誕の地です。
上杉氏が親類というのがやっとわかりました。