京都市内が一望できる将軍塚青龍殿20160729

京都市内が一望できる「将軍塚青龍殿20160729


東山ドライブウェイの頂上の市の駐車場から北へ百メートル程行きますと、青蓮院の別院である将軍塚大日堂があります。
この別院の大きな敷地にこれまた非常に大きな敷地を持つ展望舞台(台というよりもこの方が)できました。
また、青龍殿という建物が建てられましたが、「青龍殿とは、奈良大仏殿のおよそ横幅半分の木造大建築物で、国宝 青不動をお祀りする建物です。青蓮院では、この国宝 青不動を初めて奥殿に安置し、精密な複製画を通じておまいりすることが可能となりました。」という説明がありました。

将軍塚は、「桓武天皇は都を奈良から京都の南方、長岡に移されましたが、いろいろと事故が続きました。この時、和気清麻呂は天皇をこの山上にお誘いし、京都盆地を見下ろしながら、都の場所にふさわしい旨進言しました。天皇はその勧めに従って延暦十三年(794年)、平安建都に着手されました。
天皇は、都の鎮護のために、高さ2.5メートル程の将軍の像を土で作り、鎧甲を着せ鉄の弓矢を持たせ、太刀を帯させ、塚に埋めるよう命じられました。」
これが、この地を「将軍塚」と呼ぶ由来です。

ここには従来からある展望台と併せ2か所の展望台がありますが、どちらの展望台も京都全市街の展望を目にすることができます。
また、夜間もあけており街の明かりが一望できます。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2016-07-29 14:54 | (歴史)京都史 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2016-09-07 09:13
以前 お勧め頂いたのが この将軍塚ですね 流石に見事な眺めです 桓武天皇が遷都を考えるに値する眺めという気がします

以前 知恩院の東側の階段をずっと登っていくうちに 素晴らしい眺望の場所に出たことがあります 庵があって住職もおられましたが その後何度知恩院に行ってもその場所が見つかっていません 将軍塚ほどではありませんが結構市内が見晴らせました
Commented by mo-taku3 at 2016-09-09 18:51
私は歩いたことがないので今度知り合いに聞いてみます。
確か知恩院の中からではなく違う道ではないかと思いますが???