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秀吉を祀る「豊国神社」と「方広寺の梵鐘」20170316

秀吉を祀る「豊国神社」と「方広寺の梵鐘」20170316



京都の豊国神社は隣に「京都博物館」、道路を挟んで「蓮華王院三十三間堂」、その東側には妙法院の特長のある塔頭が並んでおり、これが方広寺の境内だったとは非常に興味深い所と言える。
ここでは、豊国神社に隣接する、いわくつきの鐘がある方広寺の遺跡とともに豊国神社に焦点を当ててみたい。
まず、
豊国神社の唐門は日本三大唐門で伏見城から移設したものである。また手水舎には豊臣家家紋の「桐紋」が刻彫されている。
また、方広寺の鐘は、豊臣家が滅亡する「大阪の冬・夏の陣」のきっかけを作った「国家安康」、「君臣豊楽」の銘文であるが、家と康を分断し豊臣を君主とするとは、と因縁をつけたことは今に残る徳川の恥辱であると同時に豊臣を消し去りた強い意志が現れていると言っていいだろう。
方広寺と言えばいわくつきのこの鐘に目が行きがちだが、実はここに載せた豊国神社本殿の真後ろに奈良の大仏よりも大きな「方広寺大仏殿」があったのをご存知だろうか。
豊国神社の北側の狭い道いくと、大仏殿発掘址が公園となっており、説明が書かれている。分かりにくい場所なので行く人は少ないようだが、秀吉存名中に地震で壊れ、更に秀頼によって再建されたが、江戸時代以降にも何度か再興されてきたが、昭和48年(1978)の火災で、天保年間再興の大仏も火災で焼失している。


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-08-18 16:05 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2018-08-20 08:27
豊国神社は 家康により廃絶され 明治天皇により再興という政治的な変遷を経たお社で 何時も複雑な印象を受けます 方広寺の梵鐘も 国家安康君臣豊楽の文字に白が入れられ 此れ又生々しい 更には耳塚と ある意味 此処は政治の修羅場を思い起こすには最適の場所でもあります 大仏跡はTVで俯瞰した映像を観たことがあります 再建大仏は昭和48年に焼けたのだそうですね 又何方かご奇特な方が 再建される日が来るのでしょうか
Commented by mo-taku3 at 2018-08-21 14:49
大仏殿後は公園になっており、十分な土地はあります。ここの再建されれば一大観光地となるのではないかと思いますが、奇特方はなかなかいないでしょうね。