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鳥羽離宮跡(天皇陵・安楽壽院)20170901

鳥羽離宮跡(天皇陵・安楽壽院)20170901



京都には桂離宮、修学院離宮など大きなものがあるので離宮というのがどのようなものかはほぼ想定できる。
この鳥羽離宮は名前の通り鳥羽上皇が開いたとされる離宮です。
あまりこの離宮をご存知の方は少ないようですが、京都の現在の鳥羽地域は複数の河川が流れ込む広い湿地帯で淀川からの船の出入りが頻繁に行わっれていた。
この特徴を生かして広大な離宮を造り上げました。

ここにまつわる逸話としては、鳥羽法皇が自身の墓所をここに造り、寵愛していた美福門院得子と一緒に入ように約束していたが、皇后が約束通りにはせず息子の近衛天皇の墓所としてしまったようです。
何があったかわかりませんが…。


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2017-09-01 14:04 | (歴史)京都史 | Comments(2)

Commented by toshi at 2017-10-16 09:12 x
鳥羽離宮は 以前ご紹介いただいた城南宮の辺りですね 朱雀大路の延伸が真っ直ぐ南に下りて桂川と鴨川の合流点なんですね 地図を探り京都巡りを愉しめました 
Commented by mo-taku3 at 2017-10-18 00:39
古地図が、安楽壽院の左手に載っています。
それを見ると離宮があったのは大きな沼の岸辺にあり船遊びが咲かん行われたようです。
その沼は宇治市の向島まで続いており、広大な地域だったようです。今は全て埋められて川が残るだけですが鳥羽という地名は広範囲にわたっています。
折角作った鳥羽離宮も皇后の美福門院得子に敬遠されたことは情けないですね。