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松尾大社の「磐座への道」20180108

松尾大社の「磐座への道」20180108


日本の神社の初期の形態は磐座を祭祀としていた。

ここ松尾大社も同じように元来、松尾山(223m)の磐座での祭祀になじまると言われている。いわゆるこの磐座が御神体であった。

今でもその磐座への参拝の道があり、上るには厳しく制限されているが神聖に守られている。

現在はこの急な坂道の改修工事が行われており上ることはできなかった。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-02-08 10:48 | (歴史)京都史 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2018-02-26 08:38
磐座まで参拝出来るのですね 多分古代は限られた人だけが登れたのだろうと思います
参拝初穂料が千円と読めました 高くすることで登る人を制限しているのでしょうか 
Commented by mo-taku3 at 2018-03-05 13:52
私が行ったときは入山禁止となってました。
案内板で分からなかったのは、一人での入山を禁止していることでした。でも一度は行ってみたい気がしてます。
この松尾大社は秦氏と縁が深いようですが、帰化人の秦氏が京都を席巻した時期にここに影響力を持ったように思います。
京都の古い神社は元々は磐座信仰の所が殆どで、それが郷社であり村社になり発展してきたようです。そして、それらは生活に密着した農耕の安定などを願った形が続いてきたのだと思います。
しかし、これを利用する時の権力がその地域の人々に威光を浸透させるために立派なお堂になっていったように思います。そうゆう面から言うと秦氏は上手く利用したものではないかと思いますがどうでしょう。