西国17番札所「六波羅蜜寺」20180514

西国17番札所「六波羅蜜寺」20180514



補陀洛山 六波羅蜜寺は西国17番札所です。
951年醍醐天皇第二皇子である「空也上人」により開創されたと言われています。

空也上人は、当時の京都に流行していた悪疫退散のために十一面観音像を刻んで、自らそれを市中で引き回し、踊りながら念仏を唱えた“踊念仏”が有名です。

その派手な姿を見た京都の民衆は彼を「市の聖」と呼んだと言う。
963年には諸堂の落慶供養が盛大に営まれた。創建当時は西光寺と呼ばれたが、上人の死後に六波羅蜜寺と名を変えている。寺はその後も発展し、平安時代の後期には天台宗別院として栄えたようです。この六波羅というのは鎌倉時代には探題が置かれたところですが、その前は平氏の拠点だったところです。


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-05-14 11:00 | (巡礼)西国三十三ヵ所 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2018-05-28 08:15
学生時代に訪問した時は 廃寺のような荒れ方で観光客も参拝者も余りいなかったように記憶します
清盛像 一遍像に 大感動 鎌倉彫刻の素晴らしさに感動したことを想い出します
寺域も整備され 同じ寺とは思えません
Commented by mo-taku3 at 2018-05-31 00:00
年々きれいになってきます。3年前とは大きく変わってはいませんがどんどん手を入れて変化しているように見えます。
その上いつ行っても人が結構いて人気も出てきているようです。修学旅行生が多いのは先生の推奨でしょうね。