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実在?開化天皇陵(奈良市)20180518

実在?開化天皇陵(奈良市)20180518



開化天皇は第9代の天皇とされる。

というのも実在の天皇ではないのではといわれているからである。

このあたりのことは古事記、日本書紀のみにて伝えられているが、第2代(綏靖天皇)~第9代(開化天皇)までの8代は、現代の歴史学では実在せず後世になって創作された存在と考える見解が有力であるようだ。

この8人の天皇の時代を欠史八代(けっしはちだい)言われている。

今回奈良市内にて出会った開化天皇陵は、(個人的な見解だが)位置的にちょっと考え難い気がする。

10代天皇は崇神天皇(開化天皇の子)だが、神武天皇と同一か初代天皇といわれており陵墓は桜井市にある。

奈良市の開化天皇陵はここから大きく離れており、当時殆ど開けていない奈良市の陵墓は考えにくいように思われる。

しかし実在説もあることは確かの様だ。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-05-18 11:56 | (歴史)関西史 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2018-05-22 06:57
明治維新150年の今年 明治維新の見直しも行われているようですが 欠史八代問題も見直しても良いのではと思います
津田左右吉の欠史十三代説も もう一度読み起こしても良いのではと思います
皇室の陸墓選定は つじつまの合わないものがいくつもあると聞きます 歴史の解明が皇室の伝統を傷つけるとは思わないのですが...
Commented by mo-taku3 at 2018-05-28 09:40
昭和天皇が必要以上に?大友皇子に思い入れがあり弘文天皇として認知しています。また、大津に近江神宮を建てさせています。これは何がしかの根拠がなければこのようなことは無かったと思います。
同じように日本書紀・古事記も語り部だけの内容ではなかったように思います。全く資料がなかったとは思えません。
現在も天皇墳の解明を殆ど行われていません。
こう考えていくと天皇が人間宣言したとはいえベールに包んでおこうという体質が未だにあることが不思議です。
聞くところによると未だに文部省には藤原氏の子孫が顧問として存在しているありました。天皇皇族とも藤原氏の子孫ですから、歴史上一貫した何らかの考え方が浸透しているのかもしれませんね。
長くなりましたが、最後にもう一つ過去の遺跡の銘文や書物等々何らかの歴史の真実を語っているものがあると思います。また、蘇我氏が全て焼いてしまったと言われているのも、蘇我氏の子孫がその後も政治の主流にいたことを考えるとすべての資料が失せることは考えられません。
誰か解明してくれる人がいないかなあ~というのが期待するところです。