西国9番札所「興福寺南円堂」他20180613

西国9番札所「興福寺南円堂」他20180613



興福寺で西国三十三所第九番札所としてお参りするのは南円堂というところになる。

弘仁4年(813)藤原北家の藤原冬嗣(ふゆつぐ)が父内麻呂(うちまろ)追善のために建てたものである。

本尊は不空羂索観音菩薩(ふくうけんさくかんのん)であるが、堂内には本尊不空羂索観音菩薩像の他、法相六祖坐像(ほっそうろくそざぞう)、四天王(してんのう)像(いずれも国宝)が安置されている。
基壇築造の際には地神を鎮めるために、和同開珎や隆平永宝を撒きながら築造したことが発掘調査で明らかにされた。また鎮壇には弘法大師が深く係わったことが諸書物に記される。

興福寺は藤原氏の氏寺だが、この時期、藤原氏の中でも摂関家北家の力が強くなり、その祖である内麻呂・冬嗣ゆかりの南円堂が興福寺の中でも特殊な位置を占め、現在の西国札所になっているのに繋がっていると思われる。

現在の建物は、創建以来4度目の建物で、寛政元年(1789)頃に再建されたものだが、八角の一面は6.4m、対面径は15.5m、本瓦(ほんがわら)葺きの建物で、しかし、江戸時代の建物とはいっても、その手法はきわめて古い様式で、再建には北円堂を参考にしたと思われる。

直ぐ近くに「三重塔」(国宝)があったので寄ってみた。これは北円堂(ほくえんどう)とともに興福寺最古の建物とのこと、やはり藤原氏の氏寺だけあって、国宝が多いのには驚きである。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-06-13 13:50 | (巡礼)西国三十三ヵ所 | Comments(0)