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東本願寺(大谷派総本山)20180703

東本願寺(大谷派総本山)20180703



東本願寺について少し述べてみたい。

浄土真宗の宗祖の親鸞が12631月、京都「善法院」において入滅した。享年89歳。

一般に開祖は親鸞とされるが親鸞自身に開宗の意思は無かったと言われ、本願寺成立後、覚如が親鸞開祖を定めたという。

覚如とは親鸞の末娘である覚信尼の子覚惠の長男で、本願寺(浄土真宗)の実質的な開祖である。

覚如は教団の寺院化をすすめ、1321本願寺」と号し成立する。

「本願寺」の寺号は、13世紀に親鸞の廟堂に対して亀山天皇より下賜された「久遠実成阿弥陀本願寺」が由来であるとされる。

本願寺中興の祖として八世蓮如の登場により、本願寺が大いに躍進する。

それ時点では青蓮院の一末寺であり、仏光寺派が大きな教団であった。

その後宗教戦争や石山合戦など、長い紆余曲折があったが本願寺派は大きな教団となって江戸時代になる。

関ヶ原の戦い後、教如は家康に接近し、1602「本願寺」のすぐ東の烏丸六条に四町四方の寺領が寄進され、教如は七条堀川の本願寺の一角にあった隠居所から堂舎を移しここを本拠としたことで「本願寺の分立」が進んでいく。その結果、本願寺教団も、「准如を十二世宗主とする本願寺教団」(本願寺派:西本願寺)と、「教如を十二代宗主とする本願寺教団」(大谷派:東本願寺)とに分裂することになる。

東本願寺は関ヶ原の戦いの後に成立した教団となる。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-07-03 15:20 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2018-07-08 06:31
本願寺成立は 覚如50歳の時 拓さんがお書きになられているように 親鸞は弟子一人持たず候 でしたから 覚如の教団形成の決意に至る過程を調べてみたいものです

東本願寺は 家康の宗教政策の最大の業績でもあり 此処にも興味が沸き起ります 明治維新前後の 東西本願寺の置かれた微妙な状況 小説に取り上げたいテーマです  
Commented by mo-taku3 at 2018-07-16 01:23
本願寺の旗揚げについては覚信尼の存在が大きかったと思います。出なければ、彼女の銅像などは立たないと思います。仏光寺派が合流したのも一役買っているように思います。
真相を知りたいですね。
是非、小説を!お願いします。
私は現在出雲を少しずつ資料をまとめ始めました。