嵯峨野「苔庭の祇王寺」20180923

嵯峨野「苔庭の祇王寺」20180923



祇王寺は昔の往生院(往生院は法然上人の門弟良鎮によって創建された)の境内にあったと伝えられています。広い寺域を占めていた往生院も後年は荒廃し、小さな尼寺として残り、後に祇王寺と呼ばれるようになったようです。
祇王寺は明治初年に廃寺となりましたが、残された墓と仏像は旧地頭の大覚寺によって保管されました。
その関係から祇王寺は真言宗大覚寺派の寺院で、旧嵯峨御所大覚寺の塔頭寺院ともなっています。
祇王寺は今も竹林と楓に囲まれた草庵で、『平家物語』にも登場し、平清盛の寵愛を受けた白拍子の祇王が清盛の心変わりにより都を追われるようにして去り、母と妹とともに出家、入寺した悲恋の尼寺として知られております。
境内の片隅には、平清盛の慰霊塔と並んで祇王母子のお墓があります。
ここは嵯峨野の寺院としては苔庭に囲まれた紅葉の名所として全国に知られていますが、最近は外国人の観光客も多いようです。


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-09-23 16:30 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2018-10-04 09:06
修学旅行時 祇王寺は何の変哲もないお寺との印象しか残りませんでしたが 随分様変わりしたように感じます 半世紀前はこんな立派な苔庭があった記憶がありません バスガイドが滔々と平家物語を紹介するも 長旅の睡魔には勝負にならなかったような印象です
Commented by mo-taku3 at 2018-10-05 18:33
私が関西に住むようになったのは32歳くらいですから、今から40年以上前になります。その頃JR茨木近くに居たことで京都にはちょくちょく行きましたが、その頃から祇王寺は苔の寺という印象を持ってました。あまり変わっていないように思います。