嵐山公園を散策20180923

嵐山公園を散策20180923



嵐山渡月橋から東岸を上流に行った先の右上に嵐山公園があります。右手の石段を上がって行くと、「日中友好碑」があり、中国からの観光客は必ず足を止めて記念撮影している。これは周恩来首相が来日した時に建てられたようです。
そこから更に先に行くと「角倉了以像」がある。京都では桃山・江戸初期に治水で功績を残した人である。京都人が馴染みのは「高瀬川」(運河)を造った人ということです。しかしここに銅像があるのは、保津川の治水事業をやった人ということです。
これは難工事で何人もの作業員が亡くなり、そのため了以は山の中腹に「千光寺」(現存)というお寺を立て弔ったということです。
さて嵐山公園はよく整備された公園でしかもレイアウトも素晴らしいところです。公園内には歌碑が沢山建てられており、春は桜、秋は紅葉と素晴らしいところです。
素晴らしい木々の紅葉を見ることができます。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-09-23 15:15 | (風情)京都・関西 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2018-10-04 08:40
保津川の治水は 材木商でもある了以にとって利の有る仕事でもあったのだと思います 大阪でも堀や架橋という土木工事を 商人が自費で行うことが多く 保津川治水も慈善事業の意味もあったのではと思ったりします 写真の天皇陵は嵐山公園の中にあるのですか? 陵墓と呼ばず火葬塚としてあるところが興味深いです
Commented by mo-taku3 at 2018-10-05 22:01
御嵯峨天皇の陵墓は現在天龍寺内の「嵯峨南陵(さがのみなみのみささぎ)に治定されているといいます。
しかし中世に陵墓不明となり、火葬所を二尊院裏山とされ、後に天龍寺裏山とされた経緯があるようです。
ここが天龍寺裏山の該当するのでしょうか。