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花山院の境内と花山法王の御廟所20181017

花山院の境内と花山法王の御廟所20181017


花山院の山門から境内に入り、花山法皇殿の前の広場を隔てて南側の場所に「花山法皇御廟所」がある。

西国三十三ヶ所中興の祖といわれ、この地に14年もの間隠棲した花山法皇の廟所だけあって規模もそれなりに大きく、石垣を積み上げた上に玉垣をめぐらし、造りも立派である。

御廟所は全体的に古色蒼然としており、風格がある。
また、
花山法皇を慕ってこの地に来た弘徽殿女御(こきでんのにょご)と11人の女官たちを弔った墓とされている「十二妃の墓」が花山院の麓に当たる場所(尼寺の里)にある。 十二妃の墓は道路より少し小高い場所に作られており、周囲を竹垣で囲んでいる。

竹垣に囲まれた墓地の内部で、最も大きな五輪塔は弘徽殿女御(こきでんのにょご)の墓碑であり、周りには女官の小さな墓碑が並んでいる。


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-10-11 16:10 | (紹介記事)関西 | Comments(1)

Commented by toshi-ohyama at 2019-10-19 08:30
花山法皇の生前に 此処まで整備されていたわけではないでしょうが 12人もの女官を養えるほどの財は 何処から送られてきたのでしょうか 平安期であれば 未だ皇室の財政は裕福であったのでしょうか 法皇となっても荘園収入は得られるのでしょうか