人気ブログランキング |

二条城天守台跡からの眺望20181019

二条城天守台跡からの眺望20181019



二条城は現在天守閣は無く、その後は高台になっています。そこからは城内を一望でき良い眺めが得られます。
天守閣に上がるには、いくつかのルートがありますがオーソドックスなのは、唐門から入り、二の丸御殿の前を通り二の丸庭園、本丸庭園を抜けて登ることになります。本丸庭園から天守閣には、急な、一段一段が幅広の階段を上がりたどり着きます。私は二条城ではこの天守閣からの眺めが大好きで、城内は勿論、本丸庭園のはるか彼方に比叡山までを見ることができ、絶景と言っていいでしょう。

創建時の天守は、『洛中洛外図屏風』に城の北西部分(現在の清流園のあたり)に望楼型の5重天守として描かれていまする。
この天守は1606年(慶長11年)に徳川家康によって建てられたもので、大和郡山城天守の移築説がある。記録には小天守や渡り廊下の記述などが描かれており、天守曲輪を形成していたと考えられる。(大和郡山城天守の移築説については建築学的には否定されていたが、大和郡山城と淀城の天守礎石位置が酷似していることから最近は移築説が高まっている)なお、この天守は3代将軍・徳川家光のときに行われた寛永の大改修時に淀城にふたたび移築された。

その際に築かれたのが現在の本丸の南西隅にある天守台で、1624年(寛永6年)に伏見城の天守を移築改造し、複合式層塔型55階(独立式の説もあり)の天守を築き上げた。

尚、現在の天守台の高さは21mあり、天守台上の敷地445㎡と広い。

この天守は天皇が昇った唯一の天守だったが、1750年(寛延3年)に落雷で焼失した後は再建されていないが、現在きょうとの有識者による再建設が浮上しているようだ。

なお余談だが、幕末には天守台に高層の火の見櫓が建てられていたことが古い写真によりわかる。

二条城天守台跡からの眺望20181019_e0237645_17211776.jpg


二条城天守台跡からの眺望20181019_e0237645_21450065.jpg


二条城天守台跡からの眺望20181019_e0237645_21450075.jpg


二条城天守台跡からの眺望20181019_e0237645_21450062.jpg


二条城天守台跡からの眺望20181019_e0237645_21450088.jpg


二条城天守台跡からの眺望20181019_e0237645_21450037.jpg


二条城天守台跡からの眺望20181019_e0237645_21450081.jpg


二条城天守台跡からの眺望20181019_e0237645_21450146.jpg


二条城天守台跡からの眺望20181019_e0237645_17211100.jpg










この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-10-19 14:45 | (紹介記事)京都 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2018-10-28 08:42
信長に始まる天守閣が政権の象徴として徐々に大きくなっていく 家康から家光に至る時期には 代が変わるたびに先代よりも高い天守を立て直す歴史は 権威主義の表れのようにも感じます
二条城の天守台は千代田城のそれより高い印象が残り 明らかに 御所を見下ろす高さを意図したことを感じます
Commented by mo-taku3 at 2018-10-28 10:27
なるほど、ここもそうゆう意識があったのかもしれませんね。