龍馬とおりょう伝言の榎「武神稲荷神社」20181108

龍馬とおりょう伝言の榎「武神稲荷神社」20181108



京都の三条商店街を南に、大宮通を西に行ったところに坂本龍馬とおりょうさんの逢引の「武神稲荷神社」というのがあります。
このすぐ横に当時「六角獄舎」というのがあり、勤王の志士が多数入獄しており、そのなかにおりょうの父(医師で勤王志士)も入獄していた。その頃龍馬も追われる身になり、おりょうと会えずにいたがちょくちょく見舞いに来ることを知って、この神社の神木の榎に印をつけて、元気であり、京都に居る、ことを知らせたとありました。
ここの獄舎では有名な勤王志士「平野國臣、古高俊太郎」など30数名が、蛤御門の変時の大火事に乗じて切ったといわれています。
またここは「近代医学の発祥の地」となっており、その理由は、獄死したしたいの解剖が行われたことからだという。


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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-11-08 15:07 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2018-11-12 06:59
壬生と云えば新選組ばかりが話題となりますが 歴史的に貴重な場所のようですね 京都調理師専門学校に訪問したことがありましたが この辺は余り歩いたことがありませんでした
有名な六角獄舎はこんなところにあったのですね
また一つ 良い場所を教えていただきました
Commented by mo-taku3 at 2018-11-17 22:52
平安京の初めの頃は三条商店街の辺りや二条駅周辺・二条城辺りは役所の建物がずらりとあったようですが、火事のたびに東に御所が移っていったようです。江戸時代などは遺跡の発掘は関係なく、禁裏だった場所に今の二条城が建てられています。
歴史に対する造詣が不足していたのでしょうね。