人気ブログランキング |

小野篁の命日(六道珍皇寺)20181223

小野篁(たかむら)の命日(六道珍皇寺)20181223



小野篁(802年〜852年)は、嵯峨天皇につかえた平安初期の官僚で、武芸にも秀で、また学者・詩人・歌人としても知られている。小野家と言えば妹子など沢山の有名人を抱える名家であるが、篁も閣僚級である参議という高位にまでなった文武両道に優れた人物であったが、奇行が多く、遣唐副使にも任じられた時も、大使の藤原常嗣と争い、嵯峨上皇の怒りにふれて隠岐に流罪されたこともある。

また、閻魔庁(冥土)につとめていたという奇怪な伝説がある。昼は朝廷に出仕し、夜は閻魔庁の役人ともいわれている。その小野篁が冥土へ通うのに使ったといわれる井戸が、ここ六道珍皇寺の本堂背後の庭内にある。
丁度この日は、小野篁の命日といわれ、法要の後特別のご朱印がもらえるということで沢山の人が並んでいた。


e0237645_23161332.jpg


e0237645_23161343.jpg


e0237645_23161356.jpg


e0237645_23161485.jpg


e0237645_23164931.jpg


e0237645_23161476.jpg


e0237645_23173320.jpg


e0237645_23173335.jpg


e0237645_23173427.jpg


e0237645_23173480.jpg











この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-12-23 09:00 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2018-12-27 08:46
小野繋がりで 話が広がりますが 小野妹子の墓が 葛城山の西麓に 推古 用明 聖徳太子 敏達とかたまっていることを知りました 大和より寧ろ難波との繋がりがありそうで 興味深いです 
Commented by mo-taku3 at 2018-12-27 23:59
非常に興味はあります。
藤原氏の世界になる前の段階の話ですから、葛城系なんでしょうか? ただ聖徳太子は実在が疑われていることと、小野家は滋賀県大津市小野が発祥とあることと、京都の古地図には三宅八幡・崇道神社あたりが地盤とありますので、はっきりとはしませんね。
不思議なのは崇道神社の境内社の小野神社の祭神が妹子と毛人(妹子の子)となっているのが非常に興味があります。