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長岡京市「八条ヶ池」20190426

長岡京市「八条ヶ池」20190426


「八条ヶ池」は京都府長岡京市にあり、阪急長岡天神駅から線路を背にして西へ(左へ)400500m行くと「八条ケ池」が大きく広がっています。長岡天満宮境内の東にあたり宮へは八条ヶ池の真ん中あたりの水上橋にあるキリシマツツジの参道を抜けると境内に続きます。

この八条ケ池は、 寛永15年(1638)に当時の領主・八条宮が灌漑用の溜め池として造るように命じたものだそうです。外周は約1㎞、貯水量 は約35000トンあるといいます。

豊かな池を二分する中堤は参道として使われており、中堤真ん中の石の太鼓橋は加賀前田候の寄進と言われています。又周辺を包み込む花々を求めて訪れる観光客も多く長岡京市の代表的な名所の一つとなっています。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-04-26 12:12 | (紹介記事)京都 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2019-05-01 17:32
溜池は 稲作用なのでしょうか 長岡京の中に造られたとすると 別の目的だったのか いずれにせよ大工事ですね
東大寺が窮民用の土木工事だったという話を読んだことがありますが この池もそのような意味合いがあったのでしょうか
加賀前田候が寄進したとすると その頃にも随分と栄えていたということでしょうか
Commented by mo-taku3 at 2019-05-02 22:11
灌漑用ということと思います。この長岡京は水がよく出るところで水の制御がこの土地を持っていた人の課題だったんでしょうね。しょっちゅう洪水が起こったことで、これも平安京遷都の要因のようですね。
ちなみに八条の宮家は初代が桂離宮を造ったとありました。