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護王神社と和気清麻呂20190701

護王神社と和気清麻呂20190701



護王神社は京都御所の西側、烏丸通に沿いに鎮座する神社で、平安京の建都に貢献された和気清麻呂公(わけのきよまろ)を祀っている。

創建年ははっきりしないが、もとは洛西の高雄山神護寺の境内に清麻呂公の霊社として祀られていたという。この神護寺は和気清麻呂と縁が深く、境内の山手の方に清麻呂公の墓所もある。

江戸時代末の嘉永4年(1851)、孝明天皇は清麻呂公の歴史的功績を讃えて「正一位護王大明神」の神階神号を授けられ、明治7年(1874)には「護王神社」と改称して別格官幣社に列せられた。
明治19年(1866)、明治天皇の勅命により、華族中院家邸宅跡地であった京都御所蛤御門(はまぐりごもん)前の現在地に社殿を造営し、神護寺境内から遷座した。また、後に姉君の和気広虫姫も主祭神として合祀している。
ここは足腰の神様として、ご利益があるとされている。というのは、清麻呂公は、道鏡事件で大隅国(今の鹿児島県)へ流される時、足の萎えで立つこともできなかったが、いのししのご守護によって不思議と立って歩けるようになったという故事に因み、足腰の守護神と仰がれることになったようだ。



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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-07-01 10:18 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2019-07-12 09:46
幾つか 本を読み解くうちに 和気清麻呂という人物の実態は
歴史書の中で捏造された部分を持つように思えてきました
称徳天皇(阿部内親王)は 天武系最後の天皇であり 道鏡は 天皇位には就けぬものの事件後も失脚したわけではないようです 別部穢麻呂という名称を付けられたという不思議な伝承も含めて 隠された歴史がある様な気がしてなりません 
Commented by mo-taku3 at 2019-07-15 10:33
かなり複雑だったのは間違いないようですね。
清麻呂が宇佐から御神託を持ち帰った時称徳天皇が怒って清麻呂を島流しにしていますね。称徳天皇が無くなり道鏡も失脚して清麻呂は復活しています。この復活は誰がしたのかこの辺も謎ですね。それでも藤原氏の時代は続いていますので陰で動いていたのは藤原氏だったのではという感じですね。