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祇園祭「八坂神社の御神輿」20190712

祇園祭「八坂神社の御神輿」20190712



祇園祭は室町時代前は御神輿が中心の巡行であったとしています。山鉾は室町時代から商人が競って徐々に豪華にしていったようです。
その御神輿は17日に八坂神社を出て氏子町内を回り、「四条寺町の御旅所」に鎮座します(神幸祭)。また、24日にはこの日まで御旅所の置かれた御神輿が残りの氏子町内を回り八坂神社に戻り舞殿に鎮座します(還幸祭)。
3基*1の神輿は一基に数百人担ぎ手やお囃子などの大所帯で行進し圧巻です。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-07-12 15:50 | (祭特集)祇園祭他 | Comments(3)

Commented by toshi-ohyama at 2019-07-15 09:30
神輿の巡行行路は 意外とややこしいのですね 氏子の家々を隈なく廻るのでしょうが 時代によって行路も変わってたのではないでしょうか 
Commented by mo-taku3 at 2019-07-19 16:21
京都は平安神宮ができてから、氏子地域が変わってきたようです。元々八坂神社・伏見稲荷大社・松尾大社などの氏子の地域があり、その中に平安神宮が明治になって割り込んできた感じと受け止めています。京都には学区というのがありますがこれも明治になってから作られており、時代祭はこの学区に割り振られています。色々時代背景が絡んでいるようですね。
Commented by mo-taku3 at 2019-07-19 16:58
還幸祭の御神輿のルートを見ると、3つの神輿全てが三条大宮のある「御供社」というところに行っています。ここは元禁裏の最南端にあった「疫神社」と云われているようです。この疫神社は八坂神社の境内社としてありますが、これはきゅうりの輪切りの社門がこの疫社のものではないかと思います。いわゆる本宮ですね。確証はありませんが…。
また、元祇園社という梛神社(なぎじんじゃ)(京都府京都市中京区壬生)というのがあります。これも疫神社の一つで「御供石」を持っています。まだまだ知らないことがありますね。