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洛北の名刹「正伝寺」京都20190910

洛北の名刹「正伝寺」京都20190910



洛北・西賀茂にある正伝寺は、鎌倉時代に宋から来日した、兀菴普寧(ごったんふねい)禅師が今出川に建てた仏殿が始まりといわれ、その後、兀菴禅師の意志を引き継ぎ東巌慧安(とうげんけいあん)によって建立された。

その正伝寺は、慧安が国家安泰・蒙古降伏の祈願を行なったことにより、亀山上皇から吉祥山正伝護国禅寺という寺号を授り、という。

その後、比叡山の宗徒の焼打ちにあった正伝寺は、慧安に帰依する賀茂社の社家・森経久からの寄進によってこの地に移り伽藍を整えたようだ。

室町時代には将軍の祈願所にもなった正伝寺は、応仁・文明の乱で焼失してから復興と荒廃を繰り返したが、江戸時代に入り金地院崇伝によって再興され、臨済宗南禅寺派の寺院となり現在に至っている。

金地院から移設された方丈は伏見城の遺構といわれ、方丈の襖絵は狩野山楽の山水画で国の重要文化財に指定されている。

方丈の東に広がる比叡山を借景とする庭園は、白砂が敷きつめられ、石ではなく刈り込まれたサツキが南から七・五・三と並び「獅子の児渡し庭園」ともいわれる枯山水の庭園です。

龍安寺の石庭を思わせる庭園に出会え、何か得をした気分になった。

この庭園は、江戸初期に作庭した庭であるが、金地院から方丈がこの地に移された年代から考えて、小堀遠州ではなく弟子の手によるものであろうとのこと。

サツキの先の白壁と塀の南の杮葺きの門(勅使門)の屋根は、境内の木々の緑の中で味わいのある雰囲気を演出している。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-09-10 11:13 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

Commented by toshi-ohyama at 2019-09-13 07:16
前職人事部先輩のY氏から紹介され 同じく前職同期のK氏夫妻に車で連れて行ってもらったことがあります 皆さん同志社大学OBです 只々借景のすばらしさに息をのみました
枯山水庭園に石の代わりに樹木を植えるという発想は 中々独創的な気がします 庭に見とれて方丈など目に入りませんでした 金地院の庭は遠州作ですので この庭は崇伝が失脚後に造られたものなのでしょうか
Commented by mo-taku3 at 2019-09-15 23:50
ここは私の隠れた場所の一つです。
ここは地図を見ていて車で北の方を当てもなくお寺を捜して走っていて偶然見つけました。あまり期待せず入ってみると見事な『木庭』(石庭でなく)を目にし、それから何度か行ってます。良いお寺です。