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2012年 04月 23日 ( 1 )

南禅寺の桜便り

南禅寺の桜便り


哲学の道経由で南禅寺の方向に進むと小さな門が見えてくる。
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ここは正面ではなく、ここから門をくぐると、ゆどうふの「奥丹」が直ぐ右手に見ている。
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ここで、南禅寺の沿革を紹介したい。
何千時はm臨済宗南禅寺派・大本山の寺院で、亀山法皇の離宮を禅寺にしたものである。
三門からは京の都を一望できたといわれている。
そのほか、方丈庭園の「虎の子渡し」や襖絵の「水呑みの虎」は有名。
また、南禅寺発祥に地とされる南禅院の庭も有名である。(後述)
亀山法皇が造営した離宮の禅林寺殿を、正応4年(1291年)に寺に改め禅林禅寺と名づけられた。
開山は無関普門禅師(大明国師)、開基(創立者)は亀山法皇とされる。
室町時代には「五山の上」として、日本の禅宗のなかで最も高い位につき、
五山文学の中心地として大いに栄えた。しかし、創建当時の伽藍は応仁の乱で焼失してしまっている。
広大な敷地に立つ現在の伽藍は、桃山時代の再建がほとんどである。
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少し進んで左に参道がある。落ち着いたたたずまいである。
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しばらく進んで、三門の手前から、左山の手方向には「方丈」に繋がる階段が見えている。
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直ぐ前が三門である。この三門を木々が取り囲むようにある。
春は桜、秋は紅葉で見事な景観を作り出している。
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三門は、5間3戸の荘厳な構えの三門は高さ22m。別名「天下龍門」と呼ばれ、日本三大門(京都・南禅寺(臨済宗); 京都・知恩院( 浄土宗); 山梨・久遠寺(日蓮宗)の一つ)の一つに数えられる。
現在の門は寛永5年(1628年)、大坂夏の陣に倒れた戦没者を弔うため、藤堂高虎が再建したもので、右側の山廊から五鳳楼といわれる楼上に登ることができる。
天井や柱・梁には狩野派の天人や鳳凰が描かれ、華麗な異空間が広がる。廻り縁からは京都の北西部が見渡せ、すばらしい眺めである。
なお、石川五右衛門が歌舞伎で「絶景かな」と称した眺めだが、実際には石川五右衛門がいた時代には三門はまだ再建されていなかった。
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木々が多からず、桜も少なからず、三門から見た裏手の庭は見事な調和を示している。
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三門から正面左手を見ると、「天授庵」が見える。これも眺めがいい。
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南禅寺の中にある、南禅院は南禅寺発祥の地といわれている。亀山天皇の離宮があった場所である。現在の建物は元禄16年(1703年)に徳川綱吉の母である桂昌院(けいしょういん)によって再建された。
庭園は池泉回遊式庭園。京都で唯一といわれる鎌倉時代の代表的な庭園だ。曹源池の周囲は深い樹林に包まれ、離宮当時の面影を残して、いつの季節に訪れても四季を感じることができる。とくに秋の紅葉シーズンは見物である。この南禅院の作庭は夢窓国師と伝えられ、天龍寺庭園や苔寺(西芳寺)庭園とともに京都の3名勝史跡庭園の一つに指定されている。


この項 <完>

by mo-taku3 | 2012-04-23 00:21 | Comments(2)