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聖武天皇が構想した三つの宮の一つ『紫香楽宮址』20150817

聖武天皇が構想した三つの宮の一つ『紫香楽宮址』20150817



信楽高原鐵道の紫香楽宮跡駅から北西へ約lkm、松林に覆われた丘陵地があり、そこに数多く礎石が並んでいる国指定の紫香楽宮の史跡です。
紫香楽宮跡は、奈良時代の天平14年(742)、現在の京都府木津川市に恭仁宮(くにのみや)を造営中であった聖武天皇が、恭仁宮から東北への道を開いてこの地に造営した離宮であり、たびたびの行幸の後、3年後に改めて首都と定められました。
当時聖武天皇は中国の長安を参考に3つの宮構想を持っており、それをこの紫香楽宮・恭仁京を含めた難波宮にそれぞれに役割をあたえることを主張しました。
しかし周囲の反対(特に平城京に遷都した元明太上天皇)を受け断念したが紫香楽宮に建立を予定した廬舎那仏は、奈良東大寺に建立が叶っています。
現在の紫香楽宮跡は、緑の松林に囲まれた緩い坂の参道を行くと、金堂跡があり、背後を囲むように僧坊跡・経堂跡・鐘楼跡・塔院跡など建造当時の335個の礎石が残り、東大寺とよく似た建物配置の寺院跡であることがわかります。
この寺院は、聖武天皇が紫香楽宮で大仏造立をはじめた甲賀寺跡だと考えられています。
また、ここから北へ約1.5kmの宮町地区にある紫香楽宮跡関連遺跡群調査事務所(宮町事務所 展示室併設)では、紫香楽宮跡から出土した遺物などを展示しています。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2017-08-17 16:08 | (歴史)関西史 | Comments(2)