人気ブログランキング |

八坂神社は正月準備20181223

八坂神社は正月準備20181223



今年もあとわずかになりました。
神社でも初詣や催事に備えて準備に余念がありません。
八坂神社も同様に準備を行っていました。

e0237645_23542106.jpg

e0237645_23542177.jpg

e0237645_23542162.jpg

e0237645_23542144.jpg

e0237645_23542103.jpg

e0237645_23542148.jpg

e0237645_23542292.jpg

e0237645_23560839.jpg

e0237645_23560896.jpg

e0237645_23560811.jpg

e0237645_23560830.jpg

e0237645_23560909.jpg

e0237645_23560984.jpg











この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-12-23 11:00 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

清水坂(一寧坂・二寧坂・参寧坂)20181223

清水坂(一寧坂・二寧坂・参寧坂)20181223



桜や紅葉の季節はこの3つの坂道は混雑する。しかし、バスでの団体客が多いせいか意外と空いていて歩きやすい。
ここを通るとどうしても三年坂の角の唐辛子家三位目がいってしまう。店頭に商品が沢山並べられていました。

e0237645_23501313.jpg

e0237645_23501361.jpg

e0237645_23501392.jpg

e0237645_23501454.jpg

e0237645_23501464.jpg

e0237645_23501488.jpg

e0237645_23501442.jpg

e0237645_23501403.jpg










この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-12-23 10:30 | (紹介記事)京都 | Comments(2)

清水寺の諸堂・旧跡20181223

清水寺の諸堂・旧跡20181223



清水寺には、諸堂・旧跡が残されている。
とくに有名なのは、勤王僧侶の月照・信海兄弟である。
この兄弟は、幕末清水寺の「成就院」住職で勤王の僧侶として活躍したが、安政の大獄に合い、兄・月照は薩摩に逃げる船の中から、西郷とともに身を投げて死亡。弟・信海は月照の後を継ぎ成就院の住職となったが、やはり捕えられて死刑となってしまった。(このとき西郷も島流しにあっている。)
又、堂宇としては、大講堂・中革堂・成就院を載せてみたが、過去奥の院にあった、如意輪観音を祀る「地蔵院善光寺堂」が仁王門の左手前に建っている。あまり注目する人はいないようだが由緒正しいお堂である。
この他、維新の廃仏毀釈時に周りのお寺から捨てずにあずかった、五百羅漢がある。


e0237645_23005612.jpg

e0237645_23005617.jpg

e0237645_23005648.jpg

e0237645_23005783.jpg

e0237645_23005721.jpg

e0237645_23005771.jpg

e0237645_23005772.jpg

e0237645_23020519.jpg

e0237645_23020599.jpg

e0237645_23020520.jpg

e0237645_23020530.jpg

e0237645_23020532.jpg

e0237645_23020681.jpg










この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-12-23 09:59 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

「清水寺」は今日も賑やか0181223

「清水寺」は今日も賑やか0181223



久し振りに「清水寺」に行ってきた。できるだけ早い時間でないと混むのではと思い、9時過ぎについたがもうこれだけの人が来ていた。
清水寺にはバス専用の駐車場があるが、ここも満杯でこの紅葉が終わった時期でも、京都では抜群の人気の様だ。私は本堂が工事中ということもあり、入山しなかったが、ここは見るところが沢山あるので周りを一回りして写真を撮ってきた。
赤がきれいですね。

e0237645_21383085.jpg

e0237645_21383002.jpg

e0237645_21383057.jpg

e0237645_21383026.jpg

e0237645_21383180.jpg

e0237645_21383118.jpg

e0237645_21383111.jpg

e0237645_21383179.jpg

e0237645_21402063.jpg

e0237645_21402188.jpg

e0237645_21402199.jpg

e0237645_21402167.jpg

e0237645_21402165.jpg

e0237645_21402138.jpg

e0237645_21402158.jpg










この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-12-23 09:30 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

清水寺への道20181223

清水寺への道20181223


清水寺への主たる参道は、現在の清水道ではないかと思っている。その理由は昔から五条大橋を渡って上るとあるからです。
現在の五条大橋は、実は豊臣秀吉の指示で以前と違うところに引かれたもので、昔からの五条大橋は現在の松原橋と言われている。この橋は現在も「松原五条橋」で松原通が元の五条通だそうである。
となると五条通の延長上にあるのが清水道となるのはわかる。
坂道はかなりきついが、参寧坂との合流点の手前にある、大きなバスの駐車場みると、このように満杯であった。合流してからその先は沢山の人出でびっくりである。

e0237645_23302028.jpg

e0237645_23302088.jpg

e0237645_23302080.jpg

e0237645_23302067.jpg

e0237645_23302183.jpg

e0237645_23302152.jpg

e0237645_23302197.jpg










この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-12-23 09:10 | (紹介記事)京都 | Comments(4)

小野篁の命日(六道珍皇寺)20181223

小野篁(たかむら)の命日(六道珍皇寺)20181223



小野篁(802年〜852年)は、嵯峨天皇につかえた平安初期の官僚で、武芸にも秀で、また学者・詩人・歌人としても知られている。小野家と言えば妹子など沢山の有名人を抱える名家であるが、篁も閣僚級である参議という高位にまでなった文武両道に優れた人物であったが、奇行が多く、遣唐副使にも任じられた時も、大使の藤原常嗣と争い、嵯峨上皇の怒りにふれて隠岐に流罪されたこともある。

また、閻魔庁(冥土)につとめていたという奇怪な伝説がある。昼は朝廷に出仕し、夜は閻魔庁の役人ともいわれている。その小野篁が冥土へ通うのに使ったといわれる井戸が、ここ六道珍皇寺の本堂背後の庭内にある。
丁度この日は、小野篁の命日といわれ、法要の後特別のご朱印がもらえるということで沢山の人が並んでいた。


e0237645_23161332.jpg


e0237645_23161343.jpg


e0237645_23161356.jpg


e0237645_23161485.jpg


e0237645_23164931.jpg


e0237645_23161476.jpg


e0237645_23173320.jpg


e0237645_23173335.jpg


e0237645_23173427.jpg


e0237645_23173480.jpg











この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-12-23 09:00 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

鴨川の様子20181223

鴨川の様子20181223



今日は雨模様ですが、しっとりとした京都に似合う鴨川のふうけいでした。
鴨川の土手には何かわからないが、茶色に焼けた残り紅葉というようなこんもりとした木があった。やはり鴨川を眺めていると画になります。

e0237645_23034201.jpg

e0237645_23034222.jpg

e0237645_23034266.jpg

e0237645_23034273.jpg

e0237645_23034394.jpg

e0237645_23034382.jpg










この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-12-23 08:50 | (風情)京都・関西 | Comments(4)