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高松殿跡に建つ「高松神明社」(京都)20190527

高松殿跡に建つ「高松神明社」(京都)20190527



ここは、源氏と平氏の戦いの幕開けの舞台のところである。
そして、
1155年には後白河天皇がここで即位している。
源高明(みなもとのたかあきら:914982年)の邸内に祀られていた鎮守社高松明神が始まりといわれる。当地は高松殿と称され、平安時代中期、高明の末娘明子が藤原道長と一緒になり、当所にすまいして高松殿と称された。

源高明は醍醐天皇の皇子で、西宮左大臣と呼ばれており、「拾介抄(しゅうがいしょう)」には「姉小路北西洞院東高明親王家」と記されている。
ここは、保元の乱(1156年)では後白河天皇の本拠地となり、源義朝や平清盛らの軍勢がここに参集して、崇徳上皇方の白河北殿へ攻め込んだことは有名である。
その後、平治の乱(1159年)で高松殿は焼失するが、神明社のみが残っている。

境内には、地蔵尊、金比羅神社をはじめとする末社があったが、幕末の蛤御門の変による大火によりことごとく焼失した。
境内には神明地蔵尊「幸村の知恵の地蔵尊」がある。これは、1794年に紀州九度山の伽羅陀山真田庵に安置してあった真田幸村の念持仏を拝領してきたものという。地蔵堂の台石をさすり、子供の頭をなでると知恵が授かると信仰されている。

明治初めまでは寺院と神社が一体で、高松神明宮宝性院という神宮寺であったが、神仏分離令により宝性院は廃寺となり、高松神明神社だけが残り現在に至っている。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-05-27 16:23 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)