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カテゴリ:(巡礼)西国三十三ヵ所( 59 )

西国33所番外「元慶寺:がんけいじ」20200207

西国33所番外「元慶寺」20200207



久し振りに西国札所巡り(といっても番外ですが)に行ってきました。
京都山科にある「元慶寺(がんけいじ)」という、花山法皇ゆかりのお寺です。
花山法皇の宸影を安置するお寺で花山寺とも呼ばれています。
実は寛和2年(986年)6月22日、花山天皇がこのお寺で藤原兼家、道兼父子の策略により出家させられたといわれているところです。その結果退位となり、兼家の外孫である懐仁親王(一条天皇)が帝位についています。
現在の西国33ケ寺札所の順番は花山法皇によるものとされています。このお寺が番外に加えられたのもうなずけますね。

元慶寺は、地下鉄東西線「御陵(みささぎ)」駅から歩いて約20分くらいのところです。近くには天智天皇陵があります。
西国札所巡りは3回目ですが、残すところ7ヶ所プラス番外3か所です。


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本堂です。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2020-02-07 15:25 | (巡礼)西国三十三ヵ所 | Comments(2)

西国33所番外「花山院」(兵庫県)20181017

西国33所番外「花山院」(兵庫県)20181017



花山院は西国霊場番外のお寺です。

花山院(菩提寺)は兵庫県三田市にあり、法道仙人が白雉2(651)に創建したと伝えられている名古刹である。

この法道仙人は、念持仏・仏舎利と鉄鉢だけを持ってインドから雲に乗ってこの地にきたと言われている伝説的な僧である。法道仙人は西国霊場25番の清水寺や、西国26番の一乗寺なども創建したといわれている。
西国三十三霊場を開創したのは徳道上人といい、その上人が中山寺に埋めたと云われる宝印を掘り出し、それにしたがって西国霊場を中興した花山法皇が、当山で隠棲生活を14年間送った後、41歳でここで生涯を閉じたとされている。
この寺の正式名称は「菩提寺」であるが、一般には通称名である「花山院」の方がよく知られており、花山院菩提寺の名称で呼ばれることも多い。

山門を通ると石段があり、石段をあがると本堂の傍に着く。花山院には「花山法皇殿」と「薬師堂」の二つの「本堂」がある。



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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-10-11 15:35 | (巡礼)西国三十三ヵ所 | Comments(2)

西国31番札所「長命寺」(近江八幡市)20181029

西国31番札所「長命寺」(近江八幡市)20181029



この長命寺は琵琶湖の近くに「観音正寺」と並んで山の頂にあります。
西国観音霊場の31番札所ですが、「健康長寿の観音様」で有名なところです。
写真のように駐車場からでもかなりの急な階段から登っていくようになりますが、上に上がって境内から見る眺めは絶景です。
(昨年のもので未掲載のものを載せています。)

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by mo-taku3 | 2019-10-09 14:47 | (巡礼)西国三十三ヵ所 | Comments(2)

西国25番札所「清水寺」(兵庫県加東市)20181017

西国25番札所「清水寺」(兵庫県加東市)20181017



兵庫県加東市にある西国霊場25番の札所です。
残念ながら五重塔が欠けていますが、播磨の名古刹の一つです。また、古さを基にした味のあるまた行きたくなるようなお寺です。

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by mo-taku3 | 2019-10-02 15:40 | (巡礼)西国三十三ヵ所 | Comments(2)

西国24番札所「中山寺」(宝塚市)20181026

西国24番札所「中山寺」(宝塚市)20181026



宝塚市にある西国霊場24番札所の「中山寺」は、聖徳太子の創建によるわが国最初の観音霊場と言われています。

安産祈願の霊場として武家・庶民に古くから親しまれ、豊臣秀吉は安産祈願をして秀頼を授かったとされ、また、幕末には、中山一位局が明治天皇を御平産されたことにより明治天皇勅願所となり、「安産の寺」として全国的に知られています。

第十四代仲哀天皇の先后大中姫(さきのきさきおおなかひめ)、その長子かご坂皇子、弟忍熊皇子の追善供養のため、あるいは聖徳太子、蘇我馬子との政争に敗れた物部守屋の霊を鎮めるために建立されたと伝わっております。

ちなみに、日本書紀によると仲哀天皇は怪死?しており、その時の皇后は神功皇后ですが、この神功皇后は応神天皇をお腹に抱えたまま新羅遠征をし、そして帰国後出産し大和に帰還途中、仲哀天皇の先后大中姫の長子のかご坂皇子とその弟忍熊皇子は応神天皇に皇位を取られる危機感から兵を挙げたが、結局自滅してしまった。

創建者の聖徳太子が追善供養として建立したことは何かこのお寺にはミステリアスな匂いがしているように思います。


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-10-26 15:15 | (巡礼)西国三十三ヵ所 | Comments(2)

西国23番札所「勝尾寺」(大阪府箕面市)20181026

西国23番札所「勝尾寺」(大阪府箕面市)20181026



西国23番札所の『勝尾寺』は山深い地の斜面に伽藍が立ち並び、見事な景観である。

本寺に伝わる『応頂山勝尾寺古流記』によれば、創建は奈良末期の神亀四年(727)、善仲、善算の双子兄弟が草庵を構え修業されたことに始まる。

その後天平神護元年(765)、光仁天皇の皇子開成(かいじょう)が二師(善仲、善算)に出逢いこの草庵にて、亡くなられた二師の後を継ぎ、金字「大般若経」の写経を完成させ、宝亀六年(775)、般若台に大般若経六百巻をおさめ一寺を建て、彌勒寺と号し、開山したとある。

開山堂には、善仲、善算と開成皇子の木像が安置され、毎年1029日は宮内庁と本寺で御正辰祭が勤められる。また彌勒寺当時、本堂のあった場所は、いま彌勒菩薩の大仏が大阪平野を見下ろし鎮座されている。

宝亀11(780)、稀代の名工であった妙観という名の比丘が彌勒寺を訪ね、718日より818日の間に、白檀香木をもって身丈八尺の十一面千手観音を彫刻し、これが御本尊となっている。

また「勝尾寺」の由来は、六代座主の行巡上人が、清和天皇の玉体安隠を祈って効験があったことから、「王に勝った寺」の意で「勝王寺」 の寺号を帝より賜った。しかし、本寺では「王」を「尾」に控え、勝尾寺と号し、勝運の寺として信仰されて来た。なお清和帝の勅額は、国道171号線勝尾寺口の南側の大鳥居に掲げられており、この大鳥居は日本最古の町石の起点でもある。また「勝王寺」の扁額は仁王門の裏側にかかげられている。

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by mo-taku3 | 2018-10-26 12:46 | (巡礼)西国三十三ヵ所 | Comments(2)

西国6番札所「壷阪寺(南法華寺)」20180524

西国6番札所「壷阪寺(南法華寺)」20180524



壷阪寺は通称。正式には「壺阪山 南法華寺」で西国三十三所観音霊場第6番札所である。

南に桜の名所吉野山を控え北に万葉のふるさと大和三山奈良盆地を一望におさめる、奈良県高市郡高取町にある、真言宗のお寺である。本尊の「十一面千手観世音菩薩」は眼病に霊験あらたかな観音様、目の観音様として全国各地から毎日多くの参拝者が訪れる。

創建は寺蔵の『南法花寺古老伝』によると、大宝3年(703)年に元興寺(がんごうじ;奈良)の僧、弁基上人がこの山で修行していたところ、愛用の水晶の壺を坂の上の庵に納め、感得した観音像を刻んで祀ったのが始まりといわれる。 境内からは当時の藤原宮の時期の瓦が多数出土している。

平安期には、長谷寺とともに定額寺に列せられ(847年)、平安貴族達の参拝も盛んになった。

一時は山内に三十六堂、六十余坊の大伽藍を配していたが、南北朝時代や戦国時代の戦乱に巻き込まれ、当時庇護を受けていた越智氏の滅亡とともに壷阪寺も衰退していった。

近世の壷阪寺は豊臣秀吉の弟秀長の家来本多利久が高取城主となり、本多氏とその後明治の廃藩置県まで続く藩主植村氏の庇護を受け復興していった。

明治の初め、盲目の夫沢市とその妻お里の夫婦の物語、人形浄瑠璃『壺坂霊験記』が初演され、歌舞伎、講談、浪曲となり壷阪寺の名は大きく世に広まっていった。

戦後は、社会福祉活動に大いに貢献している。

また、境内には多くの石像などが建てられ、置かれ、高低差のある伽藍配置は見事というしかない。

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by mo-taku3 | 2018-08-18 00:34 | (巡礼)西国三十三ヵ所 | Comments(2)

西国12番札所「岩間山 正法寺」20180628

西国12番札所「岩間山 正法寺」20180628



岩間寺(通称)は正しくは「岩間山正法寺」という。

西国三十三所観音霊場第12番真言宗醍醐派のお寺で、他に ぼけ封じ近畿十楽観音霊場第4番札所、びわ湖百八霊場第2番札所(湖西2番札所)、勢多川三山霊場となっている。
京都・滋賀の県境にある標高443mの岩間山頂付近にある。
元正天皇の勅願寺で、加賀白山を開いた泰澄(たいちょう)大師が722年(養老6年)に元正天皇の病を法力により治した褒美として建立したことに始まる。

泰澄は加賀白山を開く途上、霊地を求め岩間山を訪れた折、桂の大樹より千手陀羅尼を感得し、その桂の木で等身の千手観音像を刻み、元正天皇の御念持仏をその胎内に納め祀り本尊とした。本尊の千手観音像は「ぼけ封じ観音」「汗かき観音」「雷除け観音」「厄除け観音」とも呼ばれる。
境内には日本随一の桂の大樹群があり、特に「長寿桂」は日本一といわれている。

また江戸時代の俳聖松尾芭蕉は、岩間寺に参籠して本尊の霊験を得、その俳風を確立したと伝えられ、本堂横の古池は「芭蕉の池」といわれ「古池や蛙飛び込む水の音」という名句を詠んだといわれている。
京都・醍醐寺の末寺の筆頭となる関係性を持ち、現在の本堂も醍醐寺理性院尭助僧正が、正親町天皇の御願を受け、1577年に建立されたものである。



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この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-06-28 14:43 | (巡礼)西国三十三ヵ所 | Comments(0)

西国9番札所「興福寺南円堂」他20180613

西国9番札所「興福寺南円堂」他20180613



興福寺で西国三十三所第九番札所としてお参りするのは南円堂というところになる。

弘仁4年(813)藤原北家の藤原冬嗣(ふゆつぐ)が父内麻呂(うちまろ)追善のために建てたものである。

本尊は不空羂索観音菩薩(ふくうけんさくかんのん)であるが、堂内には本尊不空羂索観音菩薩像の他、法相六祖坐像(ほっそうろくそざぞう)、四天王(してんのう)像(いずれも国宝)が安置されている。
基壇築造の際には地神を鎮めるために、和同開珎や隆平永宝を撒きながら築造したことが発掘調査で明らかにされた。また鎮壇には弘法大師が深く係わったことが諸書物に記される。

興福寺は藤原氏の氏寺だが、この時期、藤原氏の中でも摂関家北家の力が強くなり、その祖である内麻呂・冬嗣ゆかりの南円堂が興福寺の中でも特殊な位置を占め、現在の西国札所になっているのに繋がっていると思われる。

現在の建物は、創建以来4度目の建物で、寛政元年(1789)頃に再建されたものだが、八角の一面は6.4m、対面径は15.5m、本瓦(ほんがわら)葺きの建物で、しかし、江戸時代の建物とはいっても、その手法はきわめて古い様式で、再建には北円堂を参考にしたと思われる。

直ぐ近くに「三重塔」(国宝)があったので寄ってみた。これは北円堂(ほくえんどう)とともに興福寺最古の建物とのこと、やはり藤原氏の氏寺だけあって、国宝が多いのには驚きである。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-06-13 13:50 | (巡礼)西国三十三ヵ所 | Comments(0)

西国10番札所花の寺「三室戸寺」20180607

西国10番札所花の寺「三室戸寺」20180607



寺伝によると、宝亀元年(770年)光仁天皇の勅願により、聖徳太子創建と伝えられる南都大安寺(高野山真言宗)の僧行表が創建したものとある。

天智天皇の孫にあたる白壁王(後の光仁天皇)は、毎夜宮中に達する金色の霊光の正体を知りたいと願い、その光の元を尋ねさせたところ、宇治川の支流志津川の上流の滝壺に観音像を発見したという。

そこで光仁天皇がその観音像を安置し、僧行表を開山として創建したのが起こりで、当初は御室戸寺と称したという。

その後、桓武天皇が二丈の観音像を造立、その胎内に先の一尺二寸の観音像を納めたという。高さ二丈の観音像は寛正年間(1460 - 1466年)の火災で失われたが、胎内に納められていた観音像は無事であったという。

厳重な秘仏として扱われ、現在写真も公表されていない。

しかし過去1925年、2009年に御開扉されているという。

現存する本堂は江戸時代後期の文化11年(1814年)に再建されたものである。


花の寺三室戸寺には枯山水・池泉・広庭からなる、大きな庭園(与楽園:5000坪)がある。

5月は2万株のツツジ、一千本のシャクナゲ、6月は1万株のアジサイ、7月は本堂前のハス、さらに秋は紅葉の名所にもなる。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-06-07 13:20 | (巡礼)西国三十三ヵ所 | Comments(2)