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カテゴリ:(寺社)京都の神社仏閣( 395 )

清水寺の改修で綺麗になった本堂20200312

清水寺の改修で綺麗になった本堂20200312



清水寺では、”清水の舞台”で有名な本堂の改修を2017年初めから続けてきましたがこの度本堂全体にかぶせていたカバーがとれました。まだ完全には工事が終わってはいないようですが、やはり人気のあるお寺ということもあり、この時期の新型コロナウイルスの影響どこ吹く風で団体客を含めて沢山の人が訪れていました。
これに恐れをなした私は、今回は本堂には入らず少し落ち着いてから朝早く来ることにして、カメラに収められる範囲でとらえてきました。
本堂の屋根は真新しくみごとになりました。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2020-03-12 14:15 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

浄土真宗本願寺派の大谷本廟(西)20200312

浄土真宗本願寺派の大谷本廟(西)20200312



東山の山裾から山麓にかけて広い立派な墓地があります。これは浄土真宗本願寺派の「大谷本廟」(西本願寺)で色々な施設もここにあります。
ここにはちょくちょく行きますが、今回確認ができたのは、総門を超えた直ぐの左手にある「太鼓楼」です。これは名前の通り太鼓で時を報せるものだそうですです。ただ今は一階を守衛さんの控室として使っているようでした。
大本山の方もそうですが、ここも信者の方々が朝早くから境内や建物を一所懸命磨いているのは素晴らしい光景です。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2020-03-12 13:30 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

六波羅蜜寺(西国札所)20200226

六波羅蜜寺(西国札所)20200226



踊り念仏で知られる、空也(くうや)上人が平安時代中期の天暦5年(951年)に造立した十一面観音を本尊とする道場に由来し、当初西光寺と称した。

空也は疫病の蔓延(まんえん)する当時の京都で、この観音像を車に乗せて引きながら歩き、念仏を唱え、病人に茶をふるまって多くの人を救ったという。空也は応和3年(963年)に鴨川岸に僧600名を集めて大規模な大般若経供養会を行ったが、この時をもって西光寺の創建とする説もある。当時、鴨川の岸は遺体の捨て場であり、葬送の場であった。六波羅蜜寺の場所も六道の辻(この世とあの世に境の鳥野辺の入口)よりも中に入っている。

空也の死後、977年に比叡山の僧・中信が中興して天台別院とし、六波羅蜜寺と改称した。それ以降天台宗に属したが、その後真言宗智積院の末寺となった。

ここは平安末頃にはこの付近に、六波羅殿と呼ばれた平清盛の平家一門の屋敷が営まれたところで、またのちには鎌倉幕府の六波羅探題が置かれたところでもある。

ここは西国札所第17番になっている。

江戸時代までは大伽藍だったが、明治維新の廃仏毀釈を受けて大幅に寺域を縮小した。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2020-02-26 16:35 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

文子天満宮(北野天満宮の前身)20200224

文子天満宮(北野天満宮の前身)20200224



菅原道真公は、大宰府へ左遷され、失意のうちに亡くなり怨霊になったといわれています。

その後、天候不順や政治の混乱が続き、それらの災いを道真公の怨霊のせいだと考えられたようです。

この文子天満宮は多治比文子が菅原道真の乳母を務めていたことから、自分の家の庭に小さな祠をもうけ、道真公を祀って拝んでいたところ、天神となった菅原道真公から、多治比文子に現在の北野天満宮の地にまつってもらいたいとの託宣があり、北野天満宮に祀られたそうです。北野天満宮は

このように北野天満宮に菅原道真が祀られるきっかけをつくったのが、多治比文子だったのです。

このことから文子天満宮が「北野天満宮の前身神社」と称する由縁です。

ちなみに、北野天満宮にも文子天満宮が設けられています。



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この項 <完>





by mo-taku3 | 2020-02-24 14:30 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

阿茶局(家康側室)開基の「上徳寺」20200220

阿茶局(家康側室)開基の「上徳寺」20200220


阿茶局が開基したお寺「上徳寺」が京都の下京区にあります。どうして京都にあるのかはわかりませんが、このお寺には「世継地蔵」の地蔵堂があるのは関係があるのでしょうか。
阿茶局は弘治元年(1555年)甲府で生まれ名前は須和といいました。
父は武田家の家臣の飯田直正です。
武田信玄と今川義元が和睦したときに今川家の家臣となりました。

須和は19歳のときに今川家家臣の神尾忠重に嫁ぎます。

忠重との間には二男、神尾守世、神尾守繁をもうけました。ところが23歳のときに夫の神尾忠重が死亡し、未亡人になってしまいました。

須和は美人で頭がよく馬術や弓術も身につけていたことからか、25歳で浜松城によばれて家康の側室になったといいます。家康には少なくとも16人の側室がいました。阿茶局が側室となったのは浜松時代当時は他に3人の側室がいたようです。美人で聡明な阿茶局を家康がよほど気に入っていたのか、最も信頼する側室となり関ケ原・大坂の陣などの駆け引きの際に家康を支えていたようです。遠征にもたびたび同行しているくらいだったようです。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2020-02-20 12:00 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(3)

鎌倉3代将軍「源実朝」後室開基の「本覚寺」20200220

鎌倉3代将軍「源実朝」後室開基のお寺20200220



京都河原町五条通の近くに、鎌倉3代将軍「源実朝」後室の開基である「本覚寺」というお寺がありました。今までこの前を通っていましたが気が付きませんでした。
実朝は鶴岡八幡宮で公暁(2代将軍「頼家」の次男であり、実朝の猶子(義理の息子))に暗殺されたとあります。頼朝も毒殺、頼家も修善寺に流され刺殺と云われ北条時政らによる謀略の疑いが濃いように伝わっています。
さて、実朝の死後、実朝の正室である「坊門信子」(西八条禅尼)は出家後『本覚尼」となり、この「本覚寺」を建てたようです。彼女は名門公家「坊門家」の一族で、実朝は京都から室を迎えたようで、死後後室(高貴な出の未亡人)は京都に戻り一宇を建立したようです。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2020-02-20 11:35 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

菅公生誕地「京都吉祥院天満宮」20200218

菅公生誕地「京都吉祥院天満宮」20200218



菅原道真公の生誕地といわれている、「吉祥院天満宮」です。
いつもはちらほら居る参拝者も全く見当たりませんでした。
ここには産湯の井戸や胞衣塚などがあります。ここには保育園があり、子供向けの道真ちゃん人形もかわいいですよ。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2020-02-18 14:47 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

京都「大徳寺の特別拝観」と塔頭20200213

京都「大徳寺の特別拝観」と塔頭20200213



今日には広大な敷地の中に多くの塔頭や武家の菩提寺を持つお寺があります。この大徳寺もそうで、ここには江戸初期に京都にある大名の菩提寺を幕府の政策で集められたと言われています。
大徳寺は禅宗のお寺で毎年今時には春の特別公開があり、普段は入れない大徳寺自体の境内に入ることができ、伽藍も拝観することができます。
一休さんは48代住持となられ、応仁の乱後の再建に努力されています。
ここの唐門は、豊國神社唐門・西本願寺唐門と並んで「日本三大国宝唐門」の一つで、一度は見てみたいと思っていましたが、今回初めて目にすることができました。地味な唐門ですが、まじかで拝見することができました。他にも雲竜図(鳴き龍)もあり、手をたたいて鳴き龍を感じてきました。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2020-02-13 13:30 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(0)

紫式部が住んだ「蘆山寺」の庭園と光秀秘仏20200213

紫式部が住んだ「蘆山寺」の庭園と光秀秘仏20200213



京都丸太町寺町通を北に500mほど上がったところに、この「蘆山寺」があります。このお寺は紫式部が藤原宣孝と夫婦生活を営んだ屋敷跡で、娘(大貳三位)を生みました。
大貳三位は百人一首(58番)にも登場しており、母親譲りの才能のようです。
そのお寺になぜ光秀の持ち歩いていた仏像があるのかわかりませんが、秘仏として今回公開されています。写真が撮れませんでしたので、パンフレットを写して載せてみました。


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蘆山寺に建てられた紫式部と大貳三位(娘:藤原賢子)の記念碑です。藤原宣孝(夫)が亡くなってからは大貳三位は紫式部と離れて育ったようです。

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明智光秀が持ち歩いていた「念持仏」です(パンフレット)。グッドタイミングの公開ですね。実物は10数cmです。

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お寺の裏にある墓地の奥に秀吉が造らせた「御土居」の遺跡があります。

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蘆山寺縁起 を追記。

比叡山天台18世座主元三大師良源によって天慶年中(938年~947年)に船岡山の南に創建されました。寛元3年(1245年)に法然の弟子である覚瑜が船岡山の南麓に再興、中国の廬山にならって蓮社を結び道俗貴賎が群集し、廬山天台講寺と号しました。
室町時代に応仁の乱で焼失した後、元亀2年(1571年)、織田信長の比叡山焼き討ちは正親町天皇の女房奉書により免れましたが、天正年間(15731593)に現在地に移転してまいりました。度々の火事のため、現在の御仏殿(通称本堂)と御黒戸(通称尊牌殿)は寛政6年(1794年)、光格天皇が仙洞御所の一部を移築し、女院、閑院宮の御下賜でもって造営された。明治維新までは御黒戸四箇院と云って、宮中の仏事を司る寺院が四ケ寺ありその中の一つでありました。けれども、廃仏毀釈により宮中より天台宗にお預けになり、明治天皇の勅命により当山のみが復興され現在は天台圓淨宗として今日に至っております。












この項 <完>





by mo-taku3 | 2020-02-13 13:11 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

北野天満宮を参拝20200213

北野天満宮を参拝20200213



梅苑公開中のお馴染みの「北野天満宮」に行ってきました。
梅が満開で堪能しましたが、例年は沢山の人でですが閑散としていました。コロナウイルスの影響は大きいですね。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2020-02-13 12:26 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(0)