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カテゴリ:(紹介記事)関西( 117 )

辰鼓楼(しんころう)兵庫県豊岡市出石20161022

辰鼓楼(しんころう)兵庫県豊岡市出石20161022



「出石(いずし)町」は江戸時代仙谷氏城下町で、現在は兵庫県豊岡市出石となっている。ここは元山名氏の居城もあったところでもあり古くから栄えた。そんな関係から多くの遺跡があるところでもある。
しかし、ここで取り上げたのは城下町の歴史とは特に関係ないが、『辰鼓楼』(しんころう)である。
これは明治になって造られた時を報せる鐘で、いわゆる時計台である。この『辰鼓楼』(しんころう)は札幌時計台と並んで日本最古だそうである。

これができる前はお寺の鐘で時を知ったそうで、これができたときは大いに重宝がられたようである。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-10-22 13:36 | (紹介記事)関西 | Comments(2)

花山院の境内と花山法王の御廟所20181017

花山院の境内と花山法王の御廟所20181017


花山院の山門から境内に入り、花山法皇殿の前の広場を隔てて南側の場所に「花山法皇御廟所」がある。

西国三十三ヶ所中興の祖といわれ、この地に14年もの間隠棲した花山法皇の廟所だけあって規模もそれなりに大きく、石垣を積み上げた上に玉垣をめぐらし、造りも立派である。

御廟所は全体的に古色蒼然としており、風格がある。
また、
花山法皇を慕ってこの地に来た弘徽殿女御(こきでんのにょご)と11人の女官たちを弔った墓とされている「十二妃の墓」が花山院の麓に当たる場所(尼寺の里)にある。 十二妃の墓は道路より少し小高い場所に作られており、周囲を竹垣で囲んでいる。

竹垣に囲まれた墓地の内部で、最も大きな五輪塔は弘徽殿女御(こきでんのにょご)の墓碑であり、周りには女官の小さな墓碑が並んでいる。


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-10-11 16:10 | (紹介記事)関西 | Comments(1)

長命寺内陣の拝観20181021

西国霊場「長命寺」内陣の拝観20191021



長命寺に行くと丁度内陣の拝観ができると口頭で教えられ、早速拝観させていただいた。内陣拝観は別に張り紙をしているわけではなく、御朱印の窓口に居たご住職らしき人と会話をしていた時興味があれば見て行ってくださいを行っていただき、拝観料もとらずに別の入口から入れていただいた。
内陣には、仏像などもあったが興味を引いたのは、長命寺が焼けて再興した後一挙に参拝者が減ったことから長命寺の布教を考え、そのために使った大きな画の幕が展示されていた。
この布教は多分多くの人の注目を浴びたのではと、その画を見ながら想像していた。めったに見れない内陣を見れたのは幸運だった。ご好意を感謝したい。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-10-09 15:04 | (紹介記事)関西 | Comments(0)

長命寺から琵琶湖を眺望20181029

長命寺から琵琶湖を眺望20181029



観音正寺と同様「長命寺」の境内から見た眺望です。
観音寺城祉が近くにあり、戦国大名の「六角氏」のお城です。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-10-09 14:30 | (紹介記事)関西 | Comments(2)

淡路SA「ハイウェイオアシス」からの展望20190511

淡路SA「ハイウェイオアシス」からの展望20190511



5泊6日の四国香川県の霊場巡りと、小豆島・金毘羅さんの観光を兼ねた旅行も、最後の行程となりました。宿泊は5泊とも高松市のホテルで、そこを基点に行動していましたが、帰りは高松自動車道から神戸淡路鳴門自動車道を通ってきました。
淡路島にはたまに出かけますが、必ずと言っていいほどこの「淡路サービスエリア(ハイウェイオアシス)」には寄ります。
ここは特に夕方が絶景ですが、昼間でも瀬戸内海の島々・神戸などをのぞめ、素晴らしい景観が見られます。 また、恋人の聖地なるものもあり、沢山の人、特に若い方々には人気があるようです。
買い物は定番の玉ねぎなどです。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-05-11 16:00 | (紹介記事)関西 | Comments(2)

淡路産直「赤い家」と「たこせんべいの里」20190511

淡路産直「赤い家」と「たこせんべいの里」20190511


淡路産直の店「赤い家」という看板があり、道の駅のような建物があり、農産物やそのた淡路さんの食料が比較的安価で販売していた。
好物の玉葱をたくさん買い込んできました。
駐車場から向かい側を見ると「たこせんべいの里」という新しい大きな建屋があり、沢山の人が出入りしていたので、タコセンも好きな我々のぞいてみた。
結局ここでも大量な買い物をしてきてしまった。
家内は満足だったようです。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-05-11 15:07 | (紹介記事)関西 | Comments(2)

洲本城跡(淡路島)と天守台からの風景20190511

洲本城跡(淡路島)と天守台からの風景20190511



洲本城(すもとじょう)は淡路島の兵庫県洲本市にあり、標高132mの平山城で、国指定史跡となっています。別名は三熊城で、続日本100名城にも選ばれています。

最初の築城は定かではありませんが、戦国時代の1526年(大永6年)に淡路国の安宅治興(あたぎはるおき)が築城したようです。

安宅家は水軍で、安宅治興は三好家に臣従しました。
その当時の洲本城は、淡路島に8箇所あった支城のひとつにすぎませんでした。

その後、仙石秀久・脇坂安治と変わり、脇坂氏の代で洲本城の改修が開始され、連結式の天守が造営されたと考えられています。 また、本丸の北側に天守台があり、大天守台と小天守台の2つの天守台がつなぎ櫓台で結ばれている連結式天守の構造となっていたようです。中でも特筆は、石垣が「登り石垣」となっており、これは、朝鮮攻めの際に倭城での経験から採用されたようです。

写真でもわかる通り、代々の城主は水軍であったこともあり、天守に登ると洲本の港の出入りが手に取るようにわかります。これを見ると少々きつい坂を上ってきたのは忘れるくらいでした。



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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-05-11 12:52 | (紹介記事)関西 | Comments(2)

彦根城から見える景色20190410

彦根城から周囲を眺める20190410



彦根城は豊臣秀頼を奉じる豊臣政権の包囲網の一環で建てられた城で、山城とは少し低い感じがするが、その天守閣から見る眺めは素晴らしい。まずは琵琶湖の眺め、城を囲む堅固な石垣の造り、天守閣を借景とした庭園(玄宮園・楽々園)、勿論彦根城下が一望できます。この城は徳川四天王の一人「井伊直政」が拝領したもので、幕末で大きな事業に対応し、桜田門外の変で殺害された「井伊直弼」は、ここの欅御殿が生誕の地ということです。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-04-23 23:14 | (紹介記事)関西 | Comments(2)

長浜の街並みと鯖ソーメン(翼果楼)20190411

長浜の街並みと鯖ソーメン(翼果楼)20190411



長浜に行ってきました。少し歴史をご紹介したいと思います。
長浜は羽柴秀吉時代で中国の毛利攻めしていた頃の居城です。
秀吉の治政の評判はよく大いに繁栄したようです。ここを織田信長に与えられた時知行地の改善・改革を進め、秀吉自身も年貢が増産したおかげで大いに潤ったとようです。
その陰で沢山の家来を雇うことができるようになり、その時雇われた石田三成ととの逸話が残されており、その出会いのモチーフがJR長浜駅前に作られています(一枚目の写真)。
また商業航路・戦略航路として、琵琶湖は重要な場所でもありました。ここ長浜は港湾都市としても重要な位置を占め、今でも竹生島航路、琵琶湖周遊の起点の一つとなっています。
長浜の北東に佐和山城があり、ここは石田三成の居城で関ヶ原の戦いのさい落城している。
その後徳川政権下で、彦根城が造られた際、長浜城・佐和山城などの取り壊しが行われ、そこの建材が彦根城に使われたということです。
街には東本願寺の別院(大通寺)や、曳山などを含めて当時も面影が街並みの随所に見られ、訪れる人も多く賑わっています。
名物の鯖ソーメン(翼果楼)もいただいてきました。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-04-21 12:28 | (紹介記事)関西 | Comments(2)

クラブハリエでランチ(近江八幡)20190410

『クラブハリエ』でランチ(近江八幡)20190410



滋賀・近江八幡の「たねや」は近江八幡の水郷の近くに広大な土地で、溜めていたものを一気に爆発した感じで注目の和洋菓子店にのし上がった。そして全国に進出した素晴らしいことである。どうゆう条件であれば一気にああなるのか不思議である。
ここでランチを採ることにした。レストランに行くとトマトオムレツだけでそれをたのんで食したら、これまたおいしいし量も満足ついていたケーキもあずきがついていてなかなかの美味でした。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-04-20 23:25 | (紹介記事)関西 | Comments(2)