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江戸の町人の暮らし(江戸東京博物館)20190913

江戸の町人の暮らし(江戸東京博物館)20190913



江戸東京博物館の中に江戸の暮らしがつくられていました。
その中で、町人の暮らしを取り上げてみました。
色々な職人の仕事や住まい、町火消しの様子、「時の鐘」などがあり、特にこの時の鐘によって時刻が分かるようになっていたようです。しかしこれは有料だったというのが面白いというか何というか…。
面白いのは、「町の支配と運営」というのが描かれており、仕組みがよくわかりました。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-09-13 11:15 | (紹介記事)全国 | Comments(2)

江戸東京博物館20180913

江戸東京博物館20180913



東京の両国国技館の奥に「江戸東京博物館」というのがあります。なかなか楽しい施設で、平成5年に建てられたとあります。
中は江戸の様子を大規模な街の模型を造り展示してあり、エスカレーターを下りて入ると日本橋が見えてきます。かなり大きな橋です。
江戸の特長をよく捉えた、機構体制・仕組み・風習・息吹き・風俗、などを感じることができます。
これ造られた頃はもう東京に居なかったので今回初めて知ることができたのは幸いでした。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-09-13 09:32 | (紹介記事)全国 | Comments(2)

東京震災慰霊堂(関東大震災)20190901

東京震災慰霊堂(関東大震災)20190901



関東大震災は伝え聞いているだけで、色々な資料を見てもひどい状態として認識していた。

関東大震災は、192391日午前115844秒,相模湾で起こった大地震(関東地震)による災害である。この地震のマグニチュード(M)は 7.9、震源地は相模湾の北西部である。

家屋倒壊率の高かった地域は湘南地方、三浦半島、房総半島南部であるが、震災は東京を中心に千葉、埼玉、静岡、山梨、茨城、長野、栃木、群馬の各県に及んだ。

死者・行方不明者は、約105000人あまり(最近の調査)。建物の被害は、全壊約 13万棟、半壊約 13万棟、焼失約45万棟で、特に被害の大きかったのは東京で死者は 6万人をこえたが、その多くは 122ヵ所から発生した火災によるものとみられる。
地震の翌 92日午後、東京市と府下 5郡に戒厳令が布告された。

97日に山本内閣は「治安維持ノ為ニスル罰則に関スル件」という緊急勅令第403号を公布、治安維持に努めた。99日には 32000人が焼死した本所被服廠で合同法要が行なわれた。

政府は治安が乱れた背景に朝鮮人と社会主義者がいると宣伝し、朝鮮人虐殺、大杉栄らの虐殺、亀戸事件、社会主義者弾圧などが起こった。痛ましい大震災であった。

その慰霊のため、また、忘れないため、この「東京都慰霊堂」が建てられている。



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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-09-01 11:58 | (紹介記事)全国 | Comments(1)

日本初の【駅伝】(京都⇒東京)20190530

日本初の駅伝と金栗四三(京都⇒東京)20190530



ここは京都三条大橋です。
先日、NHKの大河ドラマ「いだてん」で金栗四三がベルギーのアントワープのマラソンの惨敗を受け、元気を取り戻して東海道五十三次から駅伝を思いついて最初に始めた「京都~東京」の日本最初の駅伝の碑が京都と東京にあります。その石碑をご紹介します。
スタート地点は、京都三条大橋の東詰にあり、「駅伝の歴史ここに始まる」の石碑が建っています。その横には最近「駅伝発祥の地」という石碑が最近追加されました。
また、ゴール地点は博覧会が行われていたその入口の前で、不忍池のほとりにも同じ石碑が建っています。
大河ドラマを見て内容を知ってからの目で見ると、感慨深いものがあります。


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次のように不忍池のほとりにも京都三条大橋と同じように駅伝の碑が建てられています。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-05-30 17:00 | (紹介記事)全国 | Comments(2)

高松城旧松平家高松別邸「披雲閣」20190511

高松城旧松平家高松別邸「披雲閣20190511



江戸時代にもこの場所に、約2倍の規模で政務が行われる場所、藩主が生活する場所として「披雲閣」という名前の御殿がありました。現在の披雲閣は、明治維新後、老朽化を理由に取り壊された旧披雲閣を高松松平家の12代当主賴寿伯爵が大正3年に再建に着手し、3年余りの歳月をかけ大正6(1917年)に完成したものです。当時の新聞記事には「壮麗目を奪う」「瀬戸内海の一大建造物」といった見出しが躍りました。
この建物は松平家の別邸として建てられましたが、その一方で、香川を訪れる賓客をもてなす迎賓館としての役割も持ちあわせていました。建築的特色としては、伝統を踏まえた意匠は近世以来の正統的書院造としていささかの破綻もなく、伝統技術と洋風技術が見事に融合された構造となっています。
さらに披雲閣は、規模も大きく、一部改変はあるものの保存状態もよく当時の様相を伝える非常に高い価値を有するもので、平成24年7月9日には国の重要文化財に指定されました。文化財の指定後も貸館としての業務を続けており、市民に親しまれる文化財としてこれからの活用が期待されています。


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-05-11 10:30 | (紹介記事)全国 | Comments(2)

高松城「本丸天守閣址と鞘橋(さやばし)20190511

高松城「本丸天守閣址と鞘橋(さやばし)20190511



高松城は明治維新の廃城令により取り壊されています。天守閣はこの時取り壊され、天守台のみが残っている。
築城は1588年豊臣秀吉によってこの土地を与えられた生駒親正によってなされ、その後松平頼重(水戸光圀の兄)は入り幕末まで続いている。
生駒氏は四代目の高俊の時お家騒動があり、領地没収で堪忍料として1万石を与えられ、出羽国由利郡矢島に流罪となった。
松平氏に代わって城の修復が行われたが、この鞘橋は当初欄干橋とあったが、江戸時代後期に屋根付きの欄干橋他なったようである。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-05-11 09:50 | (紹介記事)全国 | Comments(2)

高松城址(玉藻公園)20190511

高松城址(玉藻公園)20190511



今回は四国霊場巡り、最後の香川県の66~88番札所を回る予定が主目的で5泊6日を予定しました。香川県は空海の生誕地ということもあり、大きな寺院や密教の寺としての厳しい参道などがあり、ケ-ブル・ロープウェイがあり、しっかり時間をかけて回る必要を感じていました。
それでも3日あればほぼ回れると思い、2日は予備日または観光用として考えていました。観光は「小豆島」・「金毘羅宮参詣」を計画予定通りいくことができました。そして今日は最終日として、最初に出かけたのは「高松城址」です。
広い敷地に石垣・天守台・屋敷・庭園と立派なお城だったことが伺えました。
面白いのは、海との繋がった水城だったことか、お堀には沢山の海水魚が群れていました。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-05-11 09:34 | (紹介記事)全国 | Comments(2)

讃岐うどんの安いうまい店「麺こい」(高松)20190510

讃岐うどんの安いうまい店「麺こい」(高松)20190510



時間ができたら、讃岐うどんを狙ってました。
高松市郊外の辺鄙な場所にまあまあ広いうどん店がありました。
回りの様子を見ながら「天ぷらぶっかけ冷やし」を注文し、出てきたのが半端ない天ぷらがのってました。また、家内の注文の「とり天ぶっかけ冷やし」もこの量です。これで500円ですからおどろきでした。
美味しかったのは勿論です。


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-05-10 13:34 | (紹介記事)全国 | Comments(2)

蘇った「旧金毘羅大芝居(金丸座)」20190509

蘇った「旧金毘羅大芝居(金丸座)」20190509



旧金毘羅大芝居「金丸座」は金毘羅さんの参道から少し西側に位置した所にあり、天保6年(1835)に建てられた現存する日本最古の芝居小屋です。 
はじめは、年3回の「市立ち」の度に仮設小屋で歌舞伎興業などを行っていたようですが、江戸時代中頃から金毘羅信仰が全国的に高まり、門前町の形態が整うにつれて、常小屋の設置となりました。常小屋の設置は多くの人々からも期待され、富籤(現在の宝くじのようなもの)の開札場を兼ねた常小屋として建てられたものです。
「金丸座」の名称は明治33年につけられ、昭和45年には国の重要文化財に指定され、昭和47年から4年間の歳月をかけて現在の場所に移築復元しました。

昭和60年から「四国金毘羅歌舞伎大芝居」が開催され、沢山の人が押し寄せる盛況ぶりでした。また、平成15年度には復原及び耐震構造工事(平成の大改修)が行われ、その改修の調査中に発見されたものもありました。 資料から「ブドウ棚」と「かけすじ」を復元してより江戸時代の情緒あふれる姿に再現もされています。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-05-09 14:35 | (紹介記事)全国 | Comments(2)

高燈篭・鞘橋(琴平町)20190509

高燈篭・鞘橋(琴平町)20190509



金比羅さんがある琴平町の地図を眺めていると、掲題の「高燈篭」・「鞘橋」というのがあり、寄ってみました。

『高灯籠』は琴電の「琴平駅」の傍にありましたが、高いのでびっくりでした。

1865年(慶応元年)に完成した、高さ27メートルの日本一高い灯籠で、国の重要有形民俗文化財に指定されています。

瀬戸内海を航海する船の指標として建てられ、船人がこんぴらさんを拝む目標灯となっていました。

高い石の基壇の上に木製の灯台が築かれ内部は三階建て、壁に江戸時代の人々の落書きが今も残されています。

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鞘橋

刀の鞘のような形をした屋根のある珍しい浮橋で、寛永元年(1624)時の別当宥げんによって架橋されたと、古い記録にありますようです。

架橋以来幾度となく災害にあい、現在のものは明治2年(1869)に建築されたものです。明治38年に現在の場所に移築され、一般の通行は禁止されていますが、例大祭などの神事の際に用いられています。

平成10年に国の有形文化財に登録されています。


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-05-09 10:21 | (紹介記事)全国 | Comments(2)