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浜離宮恩賜庭園(新橋)を散策20190122

浜離宮恩賜庭園(新橋)を散策20190122



東京新橋にある「浜離宮恩賜庭園」は、潮入の池と二つの鴨場をもつ江戸時代の代表的な大名庭園です。(潮入の池とは、海水を導き潮の満ち干によって池の趣を変えるもので、海辺の庭園で通常用いられていた様式です。)

この地は、寛永年間(16241644年)までは、将軍家の鷹狩場で、一面の芦原でした。ここに初めて屋敷を建てたのは、四代将軍家綱の弟で甲府宰相 の松平綱重で、承応3年(1654年)甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を建てました。

その後、綱重の子供の綱豊(家宣) が六代将軍になったのを契機に、この屋敷は将軍家の別邸となり、名称も浜御殿となりました。その後、第11代将軍家斉のときにほぼ現在の姿の庭園が完成しました。

明治維新以降は皇室の離宮となり、名前も浜離宮となりましたが戦災などで往 時の面影はなくなりましたが、昭和20113日、東京都に下賜され、整備のうえ昭和214月有料公開されるに至りました。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-02-07 10:28 | (紹介記事)全国 | Comments(2)

浜離宮「鷹狩遺跡と鷹の茶屋」20190122

浜離宮「鷹狩遺跡と鷹の茶屋」20190122



浜離宮には御狩場があったようです。現在は利用されておりませんが、奇跡がしっかり保存されておりました。
御狩場には「鷹の茶屋」というのがあり、狩りの時の賓客の休憩所として使われていたようです。学芸員の方が親切に説明していただきました。
主に鴨が狩猟の中心のようですが、飼いならした「あひる」が先導して狩場の水路に導き、それを「のぞき窓」から見ていてタイミングを見計らい、水路脇に潜んで手網でとらえ、逃げたかもを鷹を放してとらえたようです。
明治時期まで続いていたようです。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-02-07 09:22 | (紹介記事)全国 | Comments(2)

東京新橋「宮崎駿デザインの日テレ大 時計」20190122

東京新橋「宮崎駿デザインの日テレ大 時計」20190122



日本テレビ本社には「宮崎駿デザインの日テレ大時計」というのがあります。これは、宮崎駿監督が手がけた、からくり時計で日テレ観光の目玉になっているそうです。
幅が18メートル、高さが12メートルもあり、1228枚の銅板を一枚一枚加工して作られたもので、

造られたのが2006年です。これを企画から6年をかけて、日テレとコラボで「スタジオジブリ」が作りあげたそうです。
デザインは、「ハウルの動く城」を想像させるもので、宮崎監督が大時計のデザインを手がけた時期と、『ハウルの動く城』の製作時期が近かったため、このようなイメージになったようです。

からくり稼働時には、この大砲も煙を吹き出し、水しぶきを噴射します。

今でも定期的に稼働させているようです。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-01-22 15:53 | (紹介記事)全国 | Comments(2)

皇居拝見20181113

皇居拝見2018111


初めて皇居の中を巡ってきました。
明治になって江戸の町が東京の町になったところです。
東京とは、東の京(みやこ)という意味ですが、今でも日本の京(みやこ)は京都ということのようです。
都を遷すときは遷都と言われますが、天皇が詔を発して遷都されます。しかし未だに東京に遷都されたとはなっていません。というのも、詔が出ていないからです。
今年(平成30年)の大河ドラマ「西郷どん」でも武士の意地が最後に現れていますが、武士の牙城である江戸城に天皇が入って御親政を行うことが、新しい日本を築き上げることになったということのようです。嫌がる天皇を行幸と偽って江戸に移した、大久保の見る目は素晴らしいことで、奇跡的な変革にもつながった日本の歴史上の「奇跡(大革命)」と言えると思います。
さてその江戸城に初めて私も足を踏み入れてみました。
感想を言いますと、徳川家の軌跡が全くなく、殺風景な景色を見ているようでした。江戸城址というものを見てきたという印象が殆ど無いということはどうゆうことなんでしょうね。
外から見た、石垣の江戸城と皇居内の風景があまりにもギャップが大きかったように感じています。


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大手門。


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天守跡から見た本丸ですが今はこのように庭園と化しています。

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江戸城の軌跡として感じた、「多門櫓」です。

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再興された百人長屋。

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広大な二の丸庭園です。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-12-21 09:24 | (紹介記事)全国 | Comments(0)

皇居(江戸城)めぐり「天守閣跡」20181113

皇居(江戸城)めぐり「天守閣跡」20181113



皇居は、天皇陛下居住区域・宮内庁関係施設を除いてほぼ全域が開放されております。
丁度入る機会があり、天守・本丸・二の丸庭園・大手門各跡をほぼ巡ってきました。
その中で天守跡を見学してきましたが、現在本丸はありません。
旧江戸城は3度の大火に会いともに天守は焼けたようです。
天守は、慶長(1607)・元和(1623)・寛永(1638)と3度再建されましたが、明暦の大火(1657)で寛永の天守が焼けた後、基礎を作った(現在の姿)が、天守不要論が起こり、結局再建されないままに現在に至っているようです。
天守跡の石組の基礎を見ると大きな立派な天守が建っていたことをうかがわせています。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-12-20 21:23 | (紹介記事)全国 | Comments(0)

築地場外市場の相変わらぬ賑わい20181219

築地場外市場の相変わらぬ賑わい20181219



東京中央卸売市場が豊洲に移りしばらく経ちますが、引っ越し元の築地市場に行って見ました。中央卸売市場はすでに取り壊しが始まっていますが、場外市場は活気あふれる様子は以前と変わらず、特に外人客が大勢詰め掛けているようでした。
今見る限り場外市場を中心に活況を呈している様子はこの通りですが、果たして豊洲の様子はどのようかは興味があります。
機会を見つけて行って見たいと思っております。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-12-19 12:05 | (紹介記事)全国 | Comments(0)

「六花亭」のお菓子「十勝日誌」20181212

「六花亭」のお菓子「十勝日誌」20181212


毎年この時期に兄から六花亭のお菓子「十勝日誌」を送っていただいています。送っていただいたのは一番大きなサイズで、17種類44個の大量です。いつも送っていただいて感謝です。
十勝日誌は皆さんには余り馴染みがないかもしれませんが、昔からあるお菓子の詰合せで、蝦夷地探検家の松浦武四郎の行状記23巻の第一巻目の名称から引用しているとのことです。
十勝日誌は60年以上前から存在していて、十勝は豆の国ですから、最初の頃はこの詰合せの主役は小豆の甘納豆を小さな米俵で包んだものは入っていました。しかしいつの日か無くなったようです。残念ですがおいしいものがどんどん出てきているので、淘汰されたのかもしれません。
六花亭は帯広の会社で、札幌のS庵という店の支店でしたが独立して今に至っているようです。私は帯広の高校を卒業なので懐かしさひとしおです。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-12-12 18:57 | (紹介記事)全国 | Comments(0)

夜の浅草「雷門・吾妻橋」ほか20181112

夜の浅草「雷門・吾妻橋」ほか20181112



会社の懇親会の後、宿が近いこともあり浅草・吾妻橋近辺に寄ってみました。
ここは昼間は人気スポットのためかなりの混雑ですが、やはり夜9時を過ぎるとこの通りです。昼間とは違った味を楽しめました。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-12-08 21:38 | (紹介記事)全国 | Comments(2)

月島「もんじゃ焼き」(もん吉)20181113

東京月島「もんじゃ焼き」(もん吉)20181113



月島と言えば「もんじゃ焼き」となる。
仲間と何人かで行って見たが、教えられたお店は休みだった。しかし、もんじゃのお店は点在しているが沢山ある。でもどこがおいしいかわからないので前を亜歩いていた人が、細い路地に入っていき、写真の「もん吉」に入ったのを見てよく店を見ると、名前がいい。「路地裏もんじゃ」!店の前に立つと芸能人御用達かと思わせる写真が山のように張ってあった。ここに決め、盛り上がったが、今一料理に記憶がないのが残念。
またいかなきゃあぁ~。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2018-12-08 17:32 | (紹介記事)全国 | Comments(0)

カラフルな「東北新幹線車両」20180913

カラフルな「東北新幹線車両」20180913


東京駅新幹線ホーム14番線に立った時、向かいにカラフルな新幹線車両がみえました。
私は「撮り鉄」ではありませんが、きれいな車両なのでついついカメラにおさめました。
私はこうゆうのはオンチですが、帰って調べてみました。

これらは東北新幹線車両で、赤色が最新車両の「E6系」だそうで、2013年に登場した秋田新幹線直通の車両でした。これは「こまち」に主に使われ、一部の「はやぶさ」「やまびこ」「なすの」にも用いられています。7両編成で、E510両と併結して運転することが多いそうです。

ということはこの連結がそうゆうことでしょうね。
また、青色はE5/H5系で2011年に登場した東北新幹線の主力車両だそうです。これは「はやぶさ」に主に使われ、一部の「はやて」「やまびこ」「なすの」にも用いられるそうです。

E5系がJR東日本の車両、H5系がJR北海道の車両で、基本仕様は同じだそうです。10両編成で、E67両やE36両と併結して運転することが多いそうです。

少し賢くなった気分です。

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2018-10-01 08:12 | (紹介記事)全国 | Comments(0)