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京都時代祭館「十二十二(トニトニ)」20190201

京都時代祭館「十二十二(トニトニ)」20190201



平安神宮のバス駐車場の隣に2017年にポツンと一軒の施設が出現しました。

前を通って見ると土産物屋にしか見えないので入ったことがありませんでしたが、どこかでここは有名な施設と聞いていましたので覗いてみました。

施設の名前は『時代祭館「十二十二(トニトニ)」』とあります。

中には行って見ると一階は、土産物屋と軽食・グルメでお土産が主で京都の銘品がずらりと並んでいます。二階は、秋元康氏がプロデュースした「京都SUSHI劇場」、と京都の四季を通じた商品の販売「京都四季堂本舗」となっています。

まさしく、文化商業施設となっているのには驚きです。

ところで、『時代祭館「十二十二(トニトニ)」』とはなんなんだろう?

10(十)月22(二十二)日は平安遷都の日だそうです。そして毎年この日が「時代祭」の催行日です。

ということで、時代祭を体感できる施設として、その日を多くの方に覚えていただくよう、十と二十二を合わせて「十二十二(トニトニ)」というユニークで覚えやすい名前?にしたとありました。

平安神宮にお参りの折にはちょっと覗いてみるのもいいかと思います。
(URL:https://1022.kyoto/

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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-02-19 10:44 | (紹介記事)京都 | Comments(0)

羅城門址と八取地蔵尊20190209

羅城門址と八取地蔵尊20190209



八取地蔵尊と羅城門は直接は関係ない。羅城門が早くに台風で倒壊した跡地に建てられたのがこの地蔵尊である。
地蔵尊には意味深いエピソードが残されている。
西暦824年の日照り続きに東寺の「空海」と西寺の「守敏(僧都)」が競って「雨乞いの法会」を禁裏の「神泉苑」で行い、空海が雨を降らせたとある。結果守敏は恨みを持ち、空海を亡き者にしようとしたが、空海は黒衣の地蔵菩薩に助けられた。それを祀ったのがこの地蔵尊とある。地蔵尊が建ったころはもう羅城門は倒壊し再建がなされなかったという。
さて、「羅城門」であるが、これは平安京の正門である。この門の左右に東寺・西寺という大きなお寺があった。(当時は残っているが、西寺はこんもり盛られた公園となっている。)位置的には平安京の中心の道「朱雀大路(幅80mの大路)」の南延長線上にある平安京の正門にあたる。平安京は何度も火災にあい、この朱雀大路もかすかに千本通りとしてその姿をとどめている。(千本通りは南は五条通で止まっている)羅城門も荒れた平安京の中で鬼伝説などが残されている。


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京都駅に縮小された「羅城門の模型」が建てられてある。


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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-02-09 15:23 | (紹介記事)京都 | Comments(2)

円山公園の歌碑と隣接の知恩院20190201

円山公園の歌碑と隣接の知恩院20190201



京都に花街が5つ(上七軒・先斗町・祇園甲部・祇園東・宮川町)と島原がありますが、5つの花街は毎年「五花街」として一堂に集まり、共同で京都の街を見りあげています。
この会では舞妓さんの踊りとして最初に行われるのが、「祇園小唄」にのせて各花街の舞妓さんが自分とこの流儀(各花街それぞれ踊りの流派が違っている)に従って踊りを舞います。その歌碑がここ円山公園に造られています。説明板に事実と違う部分は多少ありますが、五花街の舞妓さんの必須の踊りとなっております。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-02-01 15:16 | (紹介記事)京都 | Comments(0)

雪をかぶった比叡山20190201

雪をかぶった比叡山20190201



この日(2月1日)の朝珍しく雪山を見ることができた。最初の写真がひえいざんです。このところの寒波の影響なのだろう。
市内もぱらついたが直ぐ溶けている。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-02-01 15:14 | (紹介記事)京都 | Comments(2)

京都「有鄰館」と藤井家0190201

京都「有鄰館」と藤井家0190201



乾隆年製の黄釉瓦36,000をのせ、中国古材の「朱塗りの八角堂」をいただく「有鄰館』は、大正15年(1926年)に、滋賀県五個荘出身で実業家の藤井善助によって設立された、中国の古美術を中心とする私立美術館である。

ここには、殷代より清代に至る約4000年間に生み出された芸術性の高い中国文化の結晶である貴重な、青銅器、仏像彫刻、陶磁器、磚石、印璽、書蹟、絵画などが収集されている。

ただし、開館しているのは、毎月第13日曜の12:0015:3018月を除く)なのでご注意。
有鄰館の隣には「藤井家」の屋敷がある。


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-02-01 14:30 | (紹介記事)京都 | Comments(0)

寺町『三福寺』に少林寺拳法の道場2019128

寺町『三福寺』に少林寺拳法の道場2019128



京都に寺町、裏寺町などという地名がある。これらは、秀吉・家康時代にお寺の勢力を抑えるために、広大な敷地を占め勢力を保持していた寺院を管理しやすいよう集約したことによるものである。そして寺社奉行も置いている。
特に家康は当時大きな勢力だった本願寺(西本願寺)に対抗させるため幕府の後押しで東本願寺を建てたり、力の弱かった浄土宗をお通ししたり、大名個々に持っていたお寺を大徳寺・妙心寺に集めたり、寺院の勢力を削ぐことを徹底してやっている。
前置きが長くなったが、この三福寺もこの寺町に集められた一つであるが、ここは少林寺拳法の組織の一つ「宗教法人 金剛禅総本山少林寺」の洛東道院になっているようだ。少林寺拳法は宗道臣氏が戦後立てた拳法で世界規模になっている。


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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-01-28 15:46 | (紹介記事)京都 | Comments(2)

鴨川五条・七条辺りからの眺め20190116

鴨川五条・七条辺りからの眺め20190116



驚いたのは、ユリカモメが渡ってきているようだ。ユリカモメの大群が川沿いに何度も旋回をしていた。もうそんな時期なんだと月日の経つのが早いこと・早いこと。この辺りはたま~にしか来ないので少し足を延ばせば色々発見がありそうな気がしている。
また、チャレンジしてみよう。

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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-01-16 15:06 | (紹介記事)京都 | Comments(2)

東本願寺の水道水源地20190111

東本願寺の水道水源地20190111



京都駅前にある、東本願寺では江戸時代に4度の火災に見舞われ、そのため琵琶湖疎水の水を専用にベルギー製の鋳鉄管で敷いています。
工事は明治30年に完成し、その水源地が発電や水道の水源と同じように分岐して水源地を造っています。しかし老朽化が進んだため残念ながら2008年に送水を停止しているそうです。またこの歴史遺産を復活する動きもあるようです。


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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-01-11 14:40 | (紹介記事)京都 | Comments(0)

琵琶湖疎水とインクライン20190111

琵琶湖疎水とインクライン20190111



琵琶湖疎水の京都側の取り入れ口と所に入るのは、安養寺と日向大神宮の参道入口と同じところになります。この参道はこのまま山に向かって伸びており、安養寺その奥の奥に日向大神宮があります。
さてこの日は疎水下流の工事の影響か、入水量は殆ど無く普段見られない状況を見ることができたと言っていいと思う。そのおかげと言っては何ですが、インクラインまでの流れがよく見ることができます。
水路の深さは思ったほどではなく、幅はひろい。水量も大変なもんです。
取水側の琵琶湖大津からは、船による搬送が行われていましたが、2016年から観光用の船が運行されているようです。乗船の情報は、
http://www.biwako-sosui.jp/information/


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この項 <完>






by mo-taku3 | 2019-01-11 14:25 | (紹介記事)京都 | Comments(0)

京都蹴上発電所と放水池・路20190111

京都蹴上発電所と放水池・水路20190111



蹴上発電所は琵琶湖から京都へ水を導く「琵琶湖疏水」を利用した水路式水力発電所です。
日本初の事業用水力発電所として、明治24年(1891年)に運転を開始し、運転開始から125年以上経った今なお、現役の発電所として電気を送り続けています。
放水路には大きな噴水があり眺めのいい場所になっています。この日は放水路以降の工事のため水は少なかったが、ここに満々と水が流れていき、疎水の観光船も行きかっています。



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この項 <完>





by mo-taku3 | 2019-01-11 14:16 | (紹介記事)京都 | Comments(0)