京都祇園祭【後祭(あとまつり)】巡行20140724

京都祇園祭【後祭(あとまつり)】巡行20140724


山鉾巡行。
後祭が49年振りにいよいよ動き出しました。
規模は10基と少ないですが、ゆっくりしっかり見れて、落ち着いて見れました。
全てを写真に収めましたのでご覧ください。

祇園祭保存会の幟を先頭に一番籤は①『橋弁慶山』である。

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橋の欄干上に、義経がおり、その義経に向かい合っている弁慶がいます。

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②『北観音山』

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③『八幡山』

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④浄妙山

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⑤南観音山

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⑥鯉山

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⑦役行者山

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⑧鈴鹿山

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⑨黒主山

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⑩大船鉾

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この項 <完>




by mo-taku3 | 2014-07-24 09:30 | (祭特集)祇園祭他 | Comments(2)

行けば必ず寄る【長浜の翼果楼(よかろう)】20140719

行けば必ず寄る【長浜の翼果楼(よかろう)】20140719


長浜市周辺に伝わる郷土料理で鯖素麺(さばそうめん)があります。
長浜には『五月見舞い』といって、農家へ嫁いだ娘のもとへ、娘を案じる親が焼き鯖を届けるという習慣があったそうです。
長浜では鯖素麺の専門店も多く、観光客にも人気です。スーパーの惣菜コーナーに並ぶほど親しみ深く懐かしい味わいは甘いけどさっぱりしていて家庭の定番料理でもあります。

ここYOKARO(翼果楼)は長浜に行く度に寄らせてもらうところです。
この日も土曜日でしたが10人位が並んでいました。

美味しくいただいてまいりました。

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これが鯖素麺です。鯖の煮汁で素麺を似ているようです。

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このお店にはかなりの芸能人が来られてました。
沢山の写真が飾ってありました。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2014-07-19 15:03 | (紹介記事)関西 | Comments(2)

レトロの街【長浜】20140719

レトロの街【長浜】20140719


「長浜」という地名が生まれたのは、秀吉がこの地に長浜城を築いたことが始まりです。
信長によって滅ぼされた浅井氏の領国を与えられた羽柴(豊臣)秀吉は、城を小谷城から今浜(現在の長浜城付近)に城を移し、地名も長浜に改名します。また、秀吉は小谷城下から寺院や商人を移転させ、長浜城下町を形成しました。

長浜に城を築いた秀吉は、10年ほどで、長浜を去りますが、長浜の町に与えた影響ははかり知れないものがあります。特に賤ヶ岳の合戦の時に、長浜の町が功績を挙げたとして、「町屋敷年貢免除」朱印状を授けられ、この特権は明治維新まで続き、町の発展に大きな力となりました。
現在の長浜市石田町に生まれた石田三成は、秀吉の長浜城時代に家臣となり、26歳の若さで奉行に抜擢されて以来、秀吉の全国統治の基盤となった「太閤検地」を指導するなど、主に行政面で秀吉を支え、実質的な最高幹部となったことは有名です。

黒壁スクエア周辺は旧市街にある観光スポットの中心地です。年間約300万人の観光客が訪れます。
情緒ある街並みが続き、ギャラリーやガラス工房がとても人気です。

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大手門通りは趣向を凝らしており、モダンなお店も数多くある。

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秀吉ゆかりの長浜で金 の草履を履くと、出世街道の旅人になれますようにと意味が込められており、縁起がよく 記念に写真を撮る人が多い人気スポットだそうです。

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鯖そうめんやのっぺいうどんなど名物も多い。

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16世紀の末に長浜城主だった秀吉が、男子が生まれたのを祝い、町衆へ金子(砂金)を与えました。これをもとに町衆が曳山をつくり、八幡宮の祭礼に曳いたのが、現在の「曳山まつり」の始まりといわれています。
また、湖北地域は中世から猿楽が盛んで、そうした芸能の土壌が、この祭りにも大きな影響を与えたと考えられています。
長浜の曳山は、長さが大きいもので9m、高さが7m重さが約5~6トンあり、当時の著名な名工や画人を長浜に招き、曳山を飾る象嵌細工や舞台障子を造らせたと伝えられています。
さらに、江戸時代の中期以降、浜壇と呼ばれる長浜独自の仏壇の様式を確立した元禄時代の名工・藤岡和泉とその一門の匠の技、国友の鉄砲鍛冶の手による美しい飾り金具の技術が惜しみなく注ぎ込まれ、今に受け継がれる絢爛豪華な曳山ができあがったのです。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2014-07-19 13:53 | (風情)京都・関西 | Comments(2)

琵琶湖に群生するハス畑20140719

琵琶湖に群生するハス畑20140719


初めての琵琶湖烏丸半島の周辺にある「ハスの群生」を目にしてきた。
この近くには植物公園がありここもきれいに整備されたところである。
しかし、この時期それにも増してハスの群生目当ての見学者は多い。車道に車が20台位駐車していたので同じように停めたが、そこから見てもスケールの大きさには驚く。
沢山写したが、その一部をご覧ください。


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この項 <完>

by mo-taku3 | 2014-07-19 10:15 | (風情)京都・関西 | Comments(2)

思い出の多いウクレレ20140718

思い出の多いウクレレ20140718


最近ネットでウクレレが話題になった。
実は私も学生時代にハワイアンバンドを組んでいた。
当時、バンドを組む時一番お金のかからないのが、このハワイアンだった。
私はスティールギターを弾いていたが、いま手元に残っている当時の思いでは、古ぼけたハワイアンの本とあまり使っていないウクレレだけである。

先日小3の孫がやってきたので、このウクレレを上げようとしたが、いらないと言われちょっとショックだった。
45年振りに手に取って弾いてみたが、当時と変わらずいい音が出たので気分がいい。
これからもたまには弾いてみようと思っている。

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この本は多分50年前に買ったものだが、ハワイアンの曲がぎっしり詰まっている。
1/3位は覚えている。

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またバンドを組んでみたいと思うが自分でやるのはもう無理だ。

今、バンド仲間と年一回どこが出集まって旧交を温めている。




この項 <完>

by mo-taku3 | 2014-07-18 23:35 | 個人関係情報 | Comments(2)

祇園祭先祭総集編20140717

祇園祭『先祭』総集編20140717


今年も京都三大祭の一つ【祇園祭2014】が始まった。
今年から、宵宮・巡行が二回に分けて行われることになった。
というのは、蛤御門の戦いで焼失した『大船鉾』が復活し、後祭の主役ができたからである。

そのため、この祇園祭は前祭(さきまつり)の画像をお送りしている。

恒例の木組み・棟上げが11日から始まり、12日には殆ど立ちあがっていた。

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13日には主だった山鉾は町内への日頃のお返しということで、引き回しが行われる。

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宵宮は例年よりも人出が多いようだった。

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明日の巡行を前に、山鉾も化粧が済み準備万端である。

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長刀鉾の町衆も記念撮影。

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いよいよ、巡行が始まった。

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この項 <完>


巡行の写真は一部2013年のものを使用してます。悪しからずご了承ください。

by mo-taku3 | 2014-07-17 09:29 | (祭特集)祇園祭他 | Comments(2)

水の芸術(京都近鉄みやこみち)20140712

水の芸術(京都近鉄みやこみち)20140712


京都近鉄駅の飲食店街として、「みやこみち」というのがあり、そこを通った時、天井から水の模様が落ちてきているのにであった。
驚きで一瞬の写真がこれである。
この後粘って幾つかの芸術を写してきたので、ご覧ください。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2014-07-12 12:21 | (紹介記事)京都 | Comments(2)

京都【東寺の西院】20140712

京都【東寺の西院】20140712


「修行大師像」の前を右手に金堂、講堂などを見ながら北の方向に200mほど進むと、御影堂(大師堂)の前の広場に出る「門」がある。
その「門」をくぐると広場左手(南側)に「御影堂(太子堂)」、右手(北側)に「大日堂」がある。

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「御影堂(大師堂)」はかつては弘法大師の住居であったとされているところである。
「御影堂(太子堂)」はその屋根は檜の皮で葺かれており、緩やかな勾配をもち、非常に優美な感じがする。

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御影堂の内部は。

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御影堂の手前にきれいに剪定された、現天皇から送られた若松があった。

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大日堂。
役小角(えんのおづぬ)の作と伝えられる胎蔵界大日如来が祀られている。
「大日堂」は元禄11年(1698年)に「御影堂(大師堂)」の礼拝堂として建てられたという。

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東寺の贔屓像である。
碑の下にいる亀のような像は、中国の伝説上の生き物で、竜の子で、「贔屓(ひいき)」というらしい。
万病治癒の御利益があると言われる。 贔屓像をさすった「万病ぬぐいの布」で自分の患部をさすると治癒するそうだ。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2014-07-12 11:11 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(0)

歴史的価値の高い【東寺】20140712

歴史的価値の高い【東寺】20140712


通称「東寺」。正式には教王護国寺という。
平安建都の際、都の南玄関、羅城門の東に作られた。
後に空海が賜り、密教の根本道場(こんぽんどうじょう)とし、現在に至っている。
五重塔(国宝)は、京都駅周辺のビルに負けず劣らず、木造建築の美を際立たせてそびえ立っている。
新幹線からもよく見える。
高さ57メートルを誇る、日本最高の塔で、現在の塔は寛永20年(1643年)に、徳川家光が再建奉納したものである。
国宝が並ぶ、金堂(国宝)、大師堂(国宝)、蓮花門(国宝)。
また。講堂(重要文化財)にあるわが国現存最古の密教彫刻の一群など見所も多い。

何処から見ても東寺の五重塔は目に入る。京都に新幹線で入ってくるとシンボルとしての存在となる。

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南大門は九条通りに面している。
以前は仁王像があったのではないかと思わせる十分なスペースがある。

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金堂。
創建時の金堂は文明18年(1486年)に焼失したとされており、現存する金堂は豊臣秀頼の発願で、慶長8年(1603年)に完成した建物といわれている。
ただ、礎石や基壇、仏壇の位置、大きさ等は創建当時のままという。
金堂は桃山時代の代表的建造物であり、中央部の屋根が一段切り上げられた特徴のある建築様式をとっている。

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講堂は天長2年(825年)空海によって着工され、承和2年(835年)に完成したとされているが、文明18年(1486年)に焼失した。現存する講堂は延徳3年(1491年)に創建時の基壇の上に再建されたものであるという。
「講堂」は純和風建築様式の建物で、重要文化財に指定されている。

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この他、「食堂」があるが、896年に理源大師により6mの高さの千手観音立像が安置されていたが、火災で大破したため大修理されて、現在は「宝物館」に収蔵されている。この千手観音立像は重要文化財に指定されている。

空を見ると東寺全体を抱くような雲が出ていた。縁起がいいのかな?

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ハス園の借景としての五重塔。

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南大門を入ってすぐ左側に、足利尊氏にゆかりのある「東寺鎮守八幡宮」がある。

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また、神功皇后を祀る、東寺建設以前からある『八島社(殿)』

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2014-07-12 10:25 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(0)

東寺のハス園20140712

東寺のハス園20140712


東寺のハス園は借景が素晴らしいと言える。
また、八重のハスが特徴である。
ご覧いただきたい。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2014-07-12 10:18 | Comments(2)