東山界隈(年末)の神社めぐり20141231

東山界隈(年末)の神社めぐり20141231


街中の年末の喧騒をはなれて、初詣よりも一足早く散歩かたがた東山の神社を散策してみた。
回った神社は、氏神様の八坂神社、他に平安神宮や火除けの神様の火除天満宮である。
また、年末の神社はどんな様子かも興味があったの行ってみたこともある。

各神社とも参拝客はやや少なく、特に地元らしい人は散歩のお年寄り(我々もそうだが)くらいで殆ど居なく観光客が主体という感じであった。
しかし、八坂神社では“大祓い”。同じく平安神宮も盛大に“大晦日の大祓式”をとり行っていた。

八坂神社は初詣準備がすっかり整っているようで、着物姿の参拝客も見られた。

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ここはいつも若者がずらり並んでいる「大国主社」。

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南座。
この前の四条通は元旦の初詣は歩行者天国となり、6車線の道幅いっぱいに八坂神社から四条大橋まで参拝客が列をなしている。

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火除天満宮。
謂れは、蛤御門の変でこの一帯が奇跡的に類焼を免れ、その後も火難から救われたことによることからきているようだ。
もっとも、起源は烏丸二条に大雲院が建てられた(1589年)時に鎮守社として迎えられていることから。

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お客さんの寒さ対策でパンダのぬいぐるみをサービス。(知恩院にて)

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平安神宮。

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応天門(総門)。

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大極殿の5/8でもして造られた本殿。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2014-12-31 15:00 | Comments(2)

師走の『錦市場』は色々な人が20141230

師走の『錦市場』は色々な人が…20141230


京都の台所といわれている「錦市場」。
ここは観光マップにも載っているため、普段でも観光客も多く人でごった返しているが、暮れになると益々賑やかになる。
この日も海外からと思われる旅行客も多く、歩いている(押されて流されている)と中国語・韓国語が飛び交っており、困ることに食べ歩きで人に迷惑をかける光景がみられる。(特に中国人のマナーの悪さには閉口する。)

とはいえ雰囲気がいつもと違う。
というのは沢山のお正月向けの料理や品物が並んでいるからで、つい気を奪われ目がいってしまう。
確かに京都は食の形にこだわるから一つ一つの料理が見栄えがする。しかもおいしいとくれば・・・。
ついつい買ってしまう。やっぱり買ってしまった「錦市場」であった。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2014-12-30 15:30 | Comments(2)

竹生島に向かう『琵琶湖長浜港』20141222

竹生島に向かう『琵琶湖長浜港』20141122


竹生島に渡るのは、長浜がいいのかそれとも高島市からがいいのかよくわからないが、過去一回渡った経験から、長浜に行ってみた。
しかし、どこでどう間違えたのかかなり遠回りして長浜港に着いたところ、一便遅れてしまったようで1時間以上の待ちとなり、出足が不調だった。

それはともかく、天気もよく温かく空気も澄んでいて気持ちのいい船旅だった。
船もスピードがあり、かなり写真を撮らせていただいた。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2014-12-22 11:27 | (紹介記事)関西 | Comments(2)

「岡山市を散策」⑤岡山藩藩学跡20141218

「岡山市を散策」⑤岡山藩藩学跡20141218


資料説明によると、
岡山藩藩学(おかやまはんはんがく)は、江戸時代前期に岡山藩によって他藩に先駆けて開かれた最古の藩校であり、国学、岡山学校と呼ばれた「国の史跡」である。
岡山藩藩学は寛文9年(1669年)岡山藩主池田光政によって開設された。これは江戸幕府が開いた湯島聖堂よりも21年早い。

これより前の寛永18年(1641年)熊沢蕃山の主宰により藩校の前身となる花畠会が創設され、花畠(現在の岡山市中区網浜)に「花畠教場」が開かれた。寛文6年(1666年)花畠教場が廃止され、岡山城内の石山にあった松平政種の邸宅を学校に転用し仮学館が設置された。

学校奉行が設けられ運用にあたった。初代学校奉行には建造にあたった津田永忠・泉仲愛が任じられた。光政は陽明学徒であったが、この藩校では幕府が正学としていた朱子学を中心に教えた。授業の内容は、専任の講師および授読師により主に小学・四書・五経などの誦読と講習、合間に武技の演習が行われた。

廃藩置県となる明治4年(1871年)に廃止するまで存続し、閉校後の明治9年(1876年)に岡山県師範学校となり、明治44年(1911年)には岡山県女子師範学校となっている。
戦後まもなく校門・講堂の基礎は埋め立てられ現在の岡山市立岡山中央中学校となり、周囲の学舎跡地は市街地となった。

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*一方、有名な「閑谷学校(しずたにがっこう)」は藩校ではなく、江戸時代前期に岡山藩によって開かれた庶民のための学校であり、所在地は岡山県備前市閑谷にあり、校地は特別史跡、講堂は国宝となっている。




この項 <完>

by mo-taku3 | 2014-12-18 15:50 | (紹介記事)全国 | Comments(0)

「岡山市を散策」④岡山神社20141218

「岡山市を散策」④岡山神社20141218


神社名岡山神社(オカヤマジンジャ)
旧社格県社
鎮座地岡山市北区石関町2-33
電話番号086-222-7198

当社はその名の如く岡山市の総鎮守で延命長寿、商売繁盛、社運隆昌、交通安全、縁結びの神として古来から霊験あらたかである。
 清和天皇貞観年中(860)創建にして、昔岡山(今の岡山城内)の地に鎮座七百余年を経て、天正元年、宇喜多直家が岡山城を築くに当り、当社を今の社地に遷し岡山城の守護神として社領を寄附す。宇喜多秀家が、本殿を造営同秀秋拝殿以下を造営す。旧藩主池田氏の時は城内の鎮守として特別に崇敬され社領として300余石を寄附し代々領主の造営する習いであった。昭和16年、本殿お屋根替、社殿改修、社務所を新築、昭和20年、戦災にて随神門並末社数社残す外焼失したが、終戦後昭和33年、本殿(鉄筋コンクリート造り)を造営、参集所も完備し次に、昭和50年拝殿幣殿(鉄筋コンクリート造り)を造営、金殿玉楼輝くような近代的社殿が完成した。神前結婚式は、この社殿で行う。 平成元年社務所、参集所を新築した。
 御祭神は大吉備津彦命、倭迹々日百襲姫命(吉備津彦命の姉君)妹姫命、日本武尊、大山咋命、倉稲魂命、武安霊命(池田光政)である。

祭神は「倭迹迹日百襲姫命」とある。
そういえば彼女は、確か箸墓古墳に祀られていたように思う。
なぜここの祭神なのか理由はわからない。

さて、この神社の由緒を見てみると、860年とあるが平安京が作られてからになり、比較的新しい。
吉備の国は古代から重要な地域で、一説によると物部氏がこの地域の出自ではないかといわれている。
しかしこの神社はそこまでの歴史があるわけではなく、残念ながら歴史的価値は見出であった。

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随神門である。
岡山空襲にも焼けずに残ったとされる。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2014-12-18 15:44 | (紹介記事)全国 | Comments(0)

「岡山市を散策」③日本三大庭園『後楽園』20141218

「岡山市を散策」③日本三大庭園『後楽園』20141218


第一印象は「きれいに整備された美しい日本庭園」だった。
ここを訪れるのは初めてのような気がする。
とにかく、この時期でこれほど美しい庭園であれば、四季それぞれの花が咲くころはますます見事な光景を醸し出すのではないかと、想像しつつ鑑賞してみて回ってきた。

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お城(烏城)が借景となっており、依頼者・製作者の強い思いが感じられる。

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水を一つのテーマとしているようで、水を意識した区割りが素晴らしく、常緑樹と併せて冬場も飽きさせない風景が感じられる。

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この庭園は観賞用だけでなく、お茶・タケノコの採取も視野に入れて作られている模様。

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この柿の量は見事であった。(来年はこの1/3だろう。いい時に行った)

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ここには梅林があり、ここでとれた梅での梅酒が限定販売されていた。

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どうゆうわけか、このようにコイがかたまっているか所が何か所あった。
多分温かい流れのところではないかと思われる。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2014-12-18 14:39 | (紹介記事)全国 | Comments(0)

「岡山市を散策」①思い入れが強い旭川周辺の景色20141218

「岡山市を散策」①思い入れが強い旭川周辺の景色20141218


岡山市のど真ん中を流れる「旭川」。
都市の形成には、水は欠かせないものだが、この川を利用したお城と庭園が見事に配置されているように得る。
岡山駅から市電で3つ目の駅を降り、地下道を通って直ぐ先がもう旭川である。
下流をみると広々とした景色。

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下流に向かって右手(西側)には岡山城(烏(う)城)が配置されている。

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左手は日本三大庭園の「後楽園」である。

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鶴見橋から北西は全く景色の異なるびるがいとなり、丁度夕日が眩しく照らされていた。

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現在の鶴見橋は古い欄干を残して拡張された形で造られており、歴史の街の風情が感じられる。

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橋を渡った市街地側は、歴史遺産の町として出石町が残されている。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2014-12-18 14:31 | (紹介記事)全国 | Comments(0)