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皇居鎮護の神として祀られた【宗像神社】(京都御苑)20150625

皇居鎮護の神として祀られた【宗像神社】(京都御苑)20150625


京都御苑内に鎮座している宗像神社は、北家藤原氏の祖、藤原冬嗣が795年(延暦14)に、平安京の東西両市の守護神として筑前国の宗像神社を勧請したのが創祀とされ、その後冬嗣の自邸小一条第に移したと伝えられる。
小一条第は花山院家が相続したことから同家が別当となる。
東京遷都にともない公家町は御苑になされ、邸内社が府社となった。
御神木の楠は樹齢600年とも800年とも言われ、境内には花山稲荷神社・京都観光神社・小将井神社・繁栄稲荷神社・金比羅宮がある。
例祭、9月15日。近年は例祭日の後の日曜日又は祝日に、神賑いの日として神楽舞など奉納を行っている。
春と秋には花山稲荷神社・京都観光神社の祭礼があり、神楽舞やヴァイオリンのミニコンサートなど奉納がある。
1~2月の境内では水仙が咲き乱れる。4月上旬は桜。10~11月にカリンの実がたわわに実る。紅葉の木も色づく11月中旬から下旬が見頃である。

宗像大神は、古事記、日本書記にも載っているとおり、天孫降臨に先立って、
御親神天照大御神より、
「汝三柱の神は、宜しく道の中に降りまして天孫を助け奉りて、天孫の為に祭かれよ」
と御神勅をいただいて、九州の福岡の宗像の地誕生したのが総本宮である。
京都御所の宗像神社は、延暦十四年(平安京創立の翌年)太政大臣藤原冬嗣公恒武天皇の勅命に依って、皇居鎮護の神として祀られたのが始めとある。
殊に京都御所の御苑内の南西にあたって鬼門を守る位置にあり方除けの神として市中のなじみ深く建築関係者の参拝が特に多いのも、その御鎮坐の縁起によるものです。


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本殿。

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京都観光神社 1969年建立。御祭神は猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)。
昭和の時代になり、京都を訪れる観光客が急増し、その無事息災を祈念し、観光客を迎える全ての観光業者が一丸となって、併せて業界の発展のため、道案内の神をお迎えして建立された。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-06-25 11:02 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

京都植物園内を散策20150625

京都植物園内を散策20150625


6月の終わりに京都植物園に行ってきた。
夏に向かって花木が生長し始めている。
緑も濃くなり涼しさも感じる。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-06-25 10:45 | (紹介記事)京都 | Comments(2)

夏の花真っ盛りの【京都植物園】20150625

夏の花真っ盛りの【京都植物園】20150625

植物園は行くたび楽しませてくれる。

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夏の風物詩 『向日葵(ひまわり)』
種類が多いのには驚きだった。

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年中華麗な花をつける 『薔薇(ばら)』
少し時期がすれていたような感じでした。

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『紫陽花(あじさい)』は温かさを十分届けてくれました。
今は役割を果たしかな?という感じです。

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最後に早咲きの 『蓮(はす)』

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あれから一カ月立ったが今はどうなのかな?





この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-06-25 10:41 | (紹介記事)京都 | Comments(2)

久しぶりの京都御苑(御所近辺)散策20150625

久しぶりの【京都御苑】(御所近辺)散策20150625



京都御苑は京都市民は勿論、近隣の人たちや旅行者にも「憩いの場」を提供している。

京都御苑は、明治になっての東京遷都までは御所及び皇族・公家衆の街だったが、遷都後公園として整備された広大な土地である。
元々あったのは御所と神社位で後は原形をとどめない位に整備されてしまった。
しかし、見事なレイアウトであり、ディスプレイの公園で、遠くに大文字山が望め、木々は松を中心とした大木がそのまま残されている。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-06-25 09:16 | (紹介記事)京都 | Comments(2)

宇治;『宇治抹茶スウィーツ』参道は軒並み20150620

宇治; 『宇治抹茶スウィーツ』参道は軒並み20150620


宇治は全国的に名の知れたお茶どころである。
皆さんは宇治茶は宇治で栽培して出荷されている、と思われているかもしれませんが、殆どのお茶どころは、色んな産地のお茶をブレンドして作られている。
宇治は主に静岡のお茶っ葉がつかわれていると聞いている。

さて、宇治にはお茶屋さんが沢山ある。
それが、抹茶ブームでスウィーツに寝室しているところが増えている。
走りは宇治橋の東詰にある“つうえん”だと思うが、今や中村藤吉商店もすっかり有名になり、京都駅にも店舗を出しているくらいである。

宇治橋の西詰を左に行くと平等院の参道になる。

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この参道は、昔はXX園というお茶屋さんが軒を連ねていたが、今は様変わりしている。
今でもお休み処的な店も平等院に近い方にあるが、沢山休憩するところができた、という感じである。

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そのなかでもここに来たら大抵寄る「中村藤吉商店」でソフトクリームを食べてみた。
負け惜しみではないが、奥のスウィーツのお店は相変わらず並んでいたの避けた感じ。

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平等院も堂内見学は、1時間半待ちという位でこの参道もひとであふれていた。

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ここは抹茶の元祖から続いている「つうえん」である。ここも中に入るには8人(3組)待ちだった。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-06-20 14:53 | (紹介記事)京都 | Comments(2)

宇治;宇治縣(あがた)神社20150620

宇治;宇治縣(あがた)神社20150620


この神社の創建年代等については不詳であるが、古くは大和政権下における県(あがた)に関係する神社と見られている。1052年(永承7年)藤原道長が別業(別荘)を寺院である平等院とする際にその鎮守としたとされる。江戸時代末までは神仏混交により三井寺(園城寺)の支配を受けた。

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あたりを県の森と呼ばれていた神社の境内には、その名の通り巨木がうっそうと繁っていました。いまでも樹齢500年以上といわれる「椋(むく)」の大木が元気に注連縄しめなわをまとって聳えています。高さ26m、幹周4.4mあり、宇治市名木百選に選ばれたその姿は往時を偲ばせます。

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大幣殿(たいへいでん)
6月8日に行われる「大幣神事」は伝承九百年の古代日本の貴族的、民族的色の濃い神事です。宇治の街の静謐を願って行われるこの神事の中で「疫病」を祓い宇治川に流す「大幣」を収める神聖な場所です。

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*あがた祭は、毎年6月5日から6日未明にかけて行われる県神社の祭で、深夜に沿道の灯火を全て消して暗闇の中を梵天渡御が行われることから、別名「暗夜の奇祭」などと呼ばれており、宇治を代表するお祭のひとつです。
現在は500軒を超える露店が連なり12万人を超える人たちが訪れる近隣を含め最大規模の祭となっています。




この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-06-20 13:39 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(2)

宇治;宇治川鵜飼(女性鵜匠も)20150620

宇治;宇治川鵜飼(女性鵜匠も)20150620


宇治川の鵜飼が先頃急激に注目を浴びだした。
というのも、職業柄珍しい女性の鵜匠が2名誕生したからである。

鵜はなかなか気の荒い鳥で慣れるまではそうとの苦労をしたようだが、今でも人気を保っている。
ご存じのように鵜飼は寄る行われるが、昼間はこのような鵜匠を感じさせる小屋で川魚料理をふるまってくれる。

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小屋の横には朱色の橋がかかっており、その下に沢山の鵜飼舟が係留されている。

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橋を渡った先に、鵜小屋があり元気そうな鵜が7・8羽飼われており、ここには、「女性鵜匠 沢木」の札が架かっていた。

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飼ってるわけではないと思うが、野生と思われるカモが小屋の横に居た。きっと餌のおこぼれにあずかれるのだろう。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-06-20 12:48 | (紹介記事)京都 | Comments(2)

宇治;歴史遺跡が多いの散策20150620

宇治;歴史遺跡が多い宇治の散策20150620


宇治といえば何んといっても最初の浮かぶのは、お茶でしょう!ておおかたの人は言うでしょう。あるいは平等院鳳凰堂という人も多いかもしれませんが、最近おばさま族が増え、甘味処店もかな増えてきています。

このように町並みの風景も変わってきてますが、やはり宇治には歴史をはっきり感じさせられるものがたくさん存在しています。

現代的な京阪宇治駅舎をでるとその先に宇治橋がある。

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日本で一番古いとされている橋の一つようです。
長さも京都嵐山の渡月橋と同距離ということで、短いと思っていたのが今回の新発見でした。

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宇治橋から流れのはやい宇治川を見ると画になる素晴らしい景色である。

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宇治川の中州(府立宇治公園)の十三重石塔は、現存する日本最大・最古の石塔(高さ15メートル)といわれています。。
1286年(弘安9年)、橋寺(聖徳太子の生誕寺といわれる)を中興した西大寺の叡尊によって建てられたもの。宇治橋の修復を命じられた叡尊は、洪水による橋の流失は魚霊の祟りであるとし、殺生禁断の思想から網代や漁具を埋め、その上に石塔を建立したのだという。
塔は洪水による倒壊と修復を繰り返してきたが、1756年(宝暦6年)の大洪水以後、宇治川に埋没していた。
現在の石塔は、1908年(明治41年)に川底から引き上げられて修復が施されたものですが、石が一か所だけがみつからないいわれている。。

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宇治川は鵜飼で有名だがなにに魅せられたかここには女性の鵜匠がいる。
このようにかわ鵜が飛び交う姿が見られる。

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中州から、赤い橋が見え白波が立っているが上流にある天ケ瀬ダムがありその放流水がここから出てくるようです。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-06-20 11:58 | (歴史)京都史 | Comments(2)

国際的人気の宇治【平等院鳳凰堂】20150620

国際的人気の宇治【平等院鳳凰堂】20150620


ここは藤原氏の栄華を象徴する代表的な建物で10円銅貨にも彫られているのは有名である。

平安時代後期、天喜元年(1053)に、藤原道長子息にあたる、時の関白藤原頼通によって建立された阿弥陀堂である。
華やかな藤原摂関時代をしのぶことのできるほとんど唯一の遺構として、代表的な貴重な建築である。
最も大きな特徴は池の中島に建てられていることで、あたかも極楽の宝池に浮かぶ宮殿のように、その美しい姿を水面に映している。

堂内の中央には金色の丈六阿弥陀如来坐像が端坐し、周囲の壁および扉には九品来迎図、阿弥陀仏の背後の壁には極楽浄土図が描かれている。
また、長押上の小壁には52躯の雲中供養菩薩像が懸けられている。
堂内の天井や梁は、宝相華を主とする文様で埋めつくされていたようで、柱にも、天衣を翻して舞う天人や楽を奏する童子、飛び立つ鳳凰、宝相華、唐草文様などが描かれ、これらは鮮やかに彩色されていた。
更に、天蓋中央部の大型の八花鏡のほかに、天井には計66個もの銅製鏡が吊られている。
鏡は夜間にはゆらゆら揺れる灯明の明かりを反射して、幻想的な世界を創り出していただろうと想像される。

『続本朝往生伝』という平安時代の本に「極楽いぶかしくば宇治の御寺をうやまえ」という記述がある。
当時の人々は鳳凰堂を地上に出現した極楽浄土ととらえていたのではないかと思われる。

とにかく、何度訪れても飽きがくることがない美しである。
特に外国人がこの美にあこがれての訪れが年々増えているようだ。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-06-20 11:48 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(0)

宇治平等院の浄土院にある【救世船乗観音】20150620

宇治平等院の浄土院にある【救世船乗観音】20150620


浄土院(じょうどいん)は 明応年間(1492~1501)榮久(えいく)上人の開創された浄土宗のお寺で、平等院の境内にあるお寺である。
平等院鳳凰堂が天喜元年(1053)に建てられているから、室町時代に後から建てられたようである。

ここに祀られている救世船乗観音(くぜふなのりかんのん)は2003年に復元され公開されている。

江戸時代以来、現在の法鳳翔館南西角あたりに旅の安全と無事を祈願し、浄土院子院として観音堂が建立されている。
本尊は波型の台座に舟に乗る俗に言う「船乗観音」旅の安全を祈る旅人や家族の方、航海の無事を祈る一方、人生を長い旅路として一生涯の無障を願う人々、成人式や様々の人生儀礼に際してお参りする方など、交通の要衡であった宇治の平等院の中で、大変篤い信仰を受けていた。
しかし、戦後まもなく盗難に遭い、それ以降、厨子と台座、守護札が残るだけだったが、この度、平等院開創950年記念事業の一環として、佛師村上清氏の匠技彫をもってそれを復元し、開眼・浄土院本堂に安置を行った。
阿含経には「人間遊行」とあり、人生は長い旅路と示されている。
旅といのちに想いを馳せる、尊い菩薩である。
遺された古版による守護札の刷り直しも行っている。

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この項 <完>

by mo-taku3 | 2015-06-20 11:07 | (寺社)京都の神社仏閣 | Comments(0)